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さんの書評2020/07/26

任天堂の法則 2020/07/27

読み始める理由: 1889年から続く花札メーカーだった会社が、 3代目から始まる一代でビデオゲームの世界的トップブランドになるという 理解に難を要する不思議な任天堂史に対する個人的な興味。 どのように成功したのかという秘訣と工夫。 必要なものは何だったのか、 どの様に人を動かし、計画を立て、 どこに目をつけて、何を大事にしていたのかを学びたい。 特徴、長所: ・任天堂の事業に関わった本人の話を聞ける ・任天堂の今につながる思想が散見されるのが面白い。 ・殆ど全員が「遊びに対する変革の意志」を抱えていてすごく面白い。  それが特に現れているのがコントローラの改革。 短所:自分にとっては致命的だと感じる点が  山内3代目と横井軍平という最重要人物を欠く事。  この本は当時の任天堂の展望を現場の当事者に取材した物をまとめただけだし、  横井軍平は出版の前に退社・逝去されているので  自分が期待する任天堂史とは趣旨が元々違うのだが、  この二人の話が読めないのは大きな期待はずれ。 以下は心象的な部分を忘備録を兼ねて抜粋。 1章 出石武宏 任天堂開発一部 任天堂開発一部はソフトも手掛けるハード屋。 ゲームの歴史でいうと、ゲームウォッチから始まり ゲームボーイ、ゲームボーイカラーの開発を手掛ける傍らで メトロイドシリーズを世に出した。 一章では開発第一部の出石武宏の目線で 書籍出版当時の最新ゲーム機「ゲームボーイカラー」までに至る歴史を辿りながら、 任天堂という会社の魅力が語られる。 印象的発言: 18p 任天堂はあくどい会社ではない・・・(ユーザーを第一に考える) 28p 社長が笑う顔を見たい(任天堂大好き) トリビア:ゲームウォッチを手掛けていた時代からすでに 1ハード:1ゲームから1ハード:ソフト取替式の移行を模索していた開発第一部。 その実現が89年頃。実現した経緯は、流通する液晶技術の進化が 任天堂が求める水準に追いついたから。 2章 上村雅之 製造本部開発二部 ラジオ少年からテレビ少年へと転身した子供時代を経て、 テレビを作る会社シャープに入社した上村雅之は時代の要請に応じて半導体を学んだ。 当時オモチャ会社だった任天堂が、 アメリカで始まったテレビを使った一連の遊び、 ポン、サンダース、オデッセイの流れを受け ”テレビゲーム” の世界へと舵を切っていく過程で 任天堂に移籍し、ファミコンとスーパーファミコンの開発で大きな役割を担った 上村雅之の目線で自身の歴史と展望が語られる。 (※ちなみに英語ではテレビゲームとは呼ばず、ビデオゲームと総称し、  本章で上村が重要視するテレビと遊びの融合という部分に焦点を当てない) 2章のパート1では、 上村が経験した”テレビゲーム”という新しい概念と遭遇した際の衝撃と、 ファミコンとディスクシステム、 そしてスーパーファミコンを開発した際の配慮や工夫などが明かされる。 印象的なセリフ: (ファミコンをして当時の日記にも記したという開発者本人の弱気な発言) 「これは売れない機械や」38p 55pから 2章パート2ではテレビと任天堂を考える。 1999年当時から始まったテレビのデジタル化から テレビが今後劇的に様変わりしそうだという展望があり、 それが任天堂にとってどういう意味を持つのかを上村が展望している。 任天堂はテレビを乗っ取る事でテレビ放送と人とのあいだに割り込んで ある意味そのシェアを奪った。 それが今後起きる目覚ましい変化によってまた奪い返されるという懸念や、 テレビそれ自体が一貫して持ち続ける強み。 またその流れに合流する可能性をサテラビューという構想をかつて試みた 経験などを交えて考える。 印象的なセリフ: 63p「”テレビっちゅうのは怖い機械ですね。 毎日、なんてことなしにスイッチ入れますから。」 ※その後に発売されるWiiの開発においてのコンセプトの一つが  ”毎日電源を入れてもらうこと” でWiiというゲーム機にはメディア配信としての機能があった。 Wii 開発者インタビュー公式  https://www.nintendo.co.jp/wii/topics/interview/vol3/index.htmlt.ly/anRZ 日経Xtech Wii発売当時任天堂社長だった岩田聡さんの発言。 「どうすればゲームに興味のない人に触ってもらえるか、どうすれば家族の全員から無視も敵視もされずに受け入れられるか、どうすればWiiを生活の一部として毎日起動してもらえるか。当社がWiiで提供するものは、これらについて考えた結果である」(岩田氏)。 https://xtech.nikkei.com/it/article/NEWS/20060914/248178/ 第3章 Nintendo64の法則と未来 竹田玄洋 製造本部開発第三部 ◉ハードデザインの難しさ 74p「じつは設計しているのは、購入者の方かも知れませんね」 75p 子供を対象者としているので64のデザインは堅牢さを重視。 ◉半導体メディアとCD-ROM ※ゲームがディスクに移行した時代にディスクでないメディア(半導体を擁するカセット)によるゲーム作りを継続した任天堂が問われ続けた問題。双方にメリットとデメリットがある。 76p 任天堂としては大容量のディスクを採用してゲームでない部分のグラフィックス重視の進化を経るよりも、ゲームとしての進化を重視する観点から半導体にこだわった。 ただし容量は多いに越した事は無いので、大容量の半導体メディアがあるのならそれがベストであったと考えてはいる。 ◉NINTENDO64の土壌 78p  「(64,PS,SSの存在は、技術思想の面においてFCとSFCの流れとは )  不連続なものだと思っています」 なぜそう思うかと言うと・・・ ポンの流れを組む初期のテレビゲームは1ゲームに対して1ハードであった、 それを継ぐFCとSFCに代表されるゲーム機は、 画面上に映るものを汎用化してその世界を拡張させるという 画面の中に絵を置いてそれを動かすという事に特化していて、 この点においてFC,SFCはコンピュータと銘打ちながらも、 コンピュータよりある面では優れていた。 コンピュータの描画法は、ビットマップと呼ばれるキャンバスに絵を描き、 それを表示する方式であったから。 それがこの時代に任天堂を含むゲームハードは皆このビットマップ方式に移行したから。 わからない箇所 80p  1.「開発言語がC言語になったからノウハウが外から見えにくくなりました」 ※ C言語はそれ以前の開発言語よりも高度なため難解だという事? ※ 2.海外の開発者は雛形(フレームワーク)を自前で作るが日本人は雛形を欲しがる。 ※ 何を指しているのか自分には全く想像つかない ※ ◉複雑にしたいけど簡単に インターフェイスの話。これを通じて新規の遊びを生み出したいが、 その上で、複雑化したい願望と簡単にしなければいけない必要が矛盾する。 64ではコントローラー経由でメモリを追加して色んな拡張をもたらす事が出来る。 一番わかり易いのは画質の向上。 ◉シェフのほんとうの味を エミュレーション(FC、SFCが抱える過去作品を64でも遊べるようにする可能性)について。 武田は古いものを安価にして売るよりも、 その原理を生かして新規のゲームを作ることに意味を見出して慎重な立場を取る。 その上で料理の鮮度やシェフの味とインスタント食品の対比を例えに出す。 ◉64DDで<窓を開ける> 64DDという新規ハードについて聞かれて。 このハードは今のゲームに通じる、購入後ゲームの拡張性を持っていて、 武田は今では当たり前になっているそれをこの時点において見越しているように見える。 その時点でもすでに成功しているポケモンのデータ配布についても言及。 ◉レボリューションとエボリューション 64開発において直面した任天堂の限界と、 それを乗り越える事を可能にした開発の国際化やC言語採用などに代表される革命的変化と その成功に言及し、革命と進化と言う言葉を用い、 革命の後に残った不満を述べ、進化の余地を示した。 ◉勝ち負け以外の楽しみ方 映像、文字、音の融合というコンピュータ的な意味でのマルチメディアは すでに実現されているが、 音楽配信やニュース等のメディアという意味でのマルチメディアの進出に 任天堂は可能性と課題を見出している。 ネット環境がまだ広く普及されていないので、 それを用いたゲームに任天堂が乗り出す事に対してはまだ消極的だという発言にとどまる。 またその上で、任天堂の対象者として「ゲームをあまり得意としない人々」 があるために「勝ち負け」が対戦で決定されるモデルにまして、 そうでない部分で「やった!」と思えるゲーム作りへの使命感に言及があり、 ここに現在の全世界的な「どうぶつの森」大成功の源流を感じさせる。 4章 ゲームデザインの法則 宮本茂 情報開発本部情報開発部 武田さんに増して宮本さんの発言は高度な文脈の理解を要するので 自分としては理解のハードルがかなり高い。 印象的な一文: ヴァレリイの<ドガ論><倫理学>の一節全部(亀井勝一郎訳): ”精神活動のあらゆる分野において、真に優秀な人間とは、常に何事もただでは与えられず、すべては代償を払って築き上げねばならぬことを、一番良く知っているもののことを言うのである。彼らは仕事をするに当たって、障害のないことを恐れ、自分でそれを設けさえするのである。こういう人間に当たっては、フォルム(形式)とは仕事をする時の、意図された決意にほかならない。” I.艶の出し方 ◉ソフト作りの変化 64の環境では雛形を元にゲームを作り上げる方式が難しくなったのではという質問に応じて ・任天堂は元々そういう作り方をしていない。 ・そういう作り方だと独自性が薄れる。 ・ただし社内には雛形を用いて全く違うゲームを作る人もいる。 ・雛形の提供を始めるとなるとそれは自分たちの部門ではないし、  そのハードルは低くない。 ・ただしプランナーとしての観点からはそれを用いて開発を早く仕上げられるとも考えている。 ◉マネじゃないマネ フレームワーク(雛形)の流れから、それを当然の様に独自で作るレア社についての話。 レア社と任天堂の関わりは深く、独創性や技術に関してレア社への宮本の評価は高い。 ◉全員にハードを教える 任天堂の情報開発部とレア社の共通部分を見出して、任天堂がレア社を意識しているかと質問。 開発における過程がレア社と似ていると認めた上で宮本は自社のゲーム開発の取り組み方を紹介。 見た目の魅力を抱えるゲームが 「確実に遊べるポイント」を抑えないがために ”よくわからない作品” に陥る事があるとした上で、 その要点を抑えた上で最終的な仕上げを実現する事が肝心で、 そのためにするためにする事がスタッフ全員に「ハードを教える」事だと言う。 ディレクター、デザイナーを含めハードの知識をある程度共有する事で 「確実に遊べるポイント」を起点にしたゲームの仕上げが出来るのだと述べる。 よくわからない箇所: 101p パーツ表があってそれでフローチャートがあるという仕様書が基本なんです 印象的なセリフ: 101p すごい天才的なプログラマーが何人かいまして・・・ ◉艶の出し方 任天堂とレア社の開発における考え方を比較。 レア社:アイデアに対して無制限。技術者の仕事はその実現を考える事。 任天堂:技術的な限界に基づいてアイデアを出す。 現状では限界を越えたアイデアを出している事もあるであろうと言いながらも、 この点において宮本は「180度違う」と言及。 企画者が提案したアイデアに対し、技術者が実現可能だと言う場合でも、 蓋を開けてみれば読み込みに膨大に時間を要したりするなどという事があり、 前のページにおいてデザインする側もハードを理解すべきとする思想がここで繰り返される。 しかしながら、レア社からは無理難題なアイデアが提示されず、 「ツヤの出し方」と表現される仕上げの過程が結局任天堂と似ていると感じると述べられる。 それと重要なのが「設計」という考え方。 印象的なセリフ 103p (ゲーム作りは)     絵描きさんがただ絵を描いてもぜったいに形にならないです。    ・・・(中略)「設計」をしている人がいないと出来ない。    ・・・(中略) ゲームは設計が重要で、ディレクターが(自分は)設計者    だという意識が必要なんです。 ◉鈍感では困る よくわからない箇所: 105p いや、もうげんばでわからないことは全部直接プログラマーに聞けっていう。 105p それも全部自分でやる。その後で仕様書を見てそこのところがはっきりしていなかったら    結構厳しいですよっていう感じです(笑)。 現場でわからない事は直接プログラマーに相談しに行けというのが 開発部の方針だと宮本。 ここでは開発者の物事を追求する感性に言及し、 アイデアがあってそれを実現しようとすると どうしても問題に直面するので、物事に気付き、調べ、学ぶような感性が必要で、 物事に気づかず、問題を放置したり自発的に学ばないような鈍感さは問題だとする。 それを克服するための勉強というものがどうしても必要になり、 感性を育むためには不十分ではあるが教育の必要も生じると述べる。 ◉日本寺、イギリス人、アメリカ人 レア社の相似からイギリス人の開発者が アメリカ人と比して、これまで良い相性であったという事から イギリス人の傾向を宮本の視点で紹介する。 ・日本と似ている気候もあり、仕事に取り組む感性が似ている。 ・イギリスの子供達は15歳ごろから専門的な教育が始まり、 それ故に若くして高度な技術知識を持っている者がこれまでにいた。 だからパソコンの使い方が違う。 II. ハードとソフトの融合 -明快な頭脳は、自ら理解し得ないものを他人に理解させるー  ヴァレリイ 亀井勝一郎訳  印象的なセリフ 111p ”最近のゲームはとくにそうなんですけど、ゲームに関係のない部分にかなりのパワーがかかります。 タイトルが出なあかんし・・・デモがないとあかんし・・・” 115p マリオとゼルダを比較して、 ”マリオっていうのはさらっときれいに流した箱庭なんで、もっと温度を含めたドロドロした箱庭っていうものを作りたかったわけです” 121p パラッパラッパーが出てきた時に「これは、うちじゃできないですよね」とスタッフに言われたが、そういう思い込みが困っている現象である。 ”マリオシリーズであったり、ゼルダシリーズであったり、王道を行くようなものを作らなあかんって勝手に思っているみたいなんで、「そういうことはない」って制したわけです。(中略)企画書を出せば通すっていったんですけどね” 122p マリオペイントシリーズは実験的すぎてそのままでは営業に売れないと言われる状態だが、 そこから売れるレベルに仕上げる、その実験の過程では歯止めなどかけない。 III.ほんとうのクリエイティヴィティ 129.宮本自身がソフト屋であるため、ソフトの力で如何に競合していくかから考えるのだが、、 プランナーでもあるので、他社が見落としている部分を拾っていくとハードの面でも売れるための新規なアイデアが出てくる。そこからコントローラ開発にも関与し、アナログスティックを付けた。 140p バンジョーとカズーイの大冒険はマリオ64の続編の様だと言える程に宮本のやりたかった事を実現している。 5章 管理部門からみる任天堂の法則 稲葉憲治広報室企画部 160p 知的好奇心を持ち、勉強する。(宮本氏の感性の話と共通する) 161p 任天堂はアットホームである。相互の信頼があり、人を育て、阿吽の呼吸がある。 164p 横のつながりが強い。  ”やっぱり、社長の山内溥にたいして「大好き」という気持ちを持って、営業帯は一丸となって動いている。” 164p 任天堂との出会いは結婚のようで、企業訪問の時にピンとくる感覚があった。 170p 入社して満足するのではなく、その後も自己啓発が大事。 6章 二十一世紀の任天堂路線 今西紘史 広報室 188p 問屋(流通)に対しての意識改革を促す。 211p <ゲームを変えていこう>とう意識がないと市場がダメになっていく。 215p ”山内のもとで自分の仕事ができたことが、やっぱり幸せでしょうな。” 以降のページは任天堂とは関係ない分野の人物による メディアの展望なので割愛。

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