目次
Part 1 行動観察という手法
第1章 行動をシステマティックに観察することのメリット
第2章 信頼性の高い行動観察に向けて
Part 2 個人と集団・組織・社会
第3章 人間行動に及ぼす他者存在の影響に注目することの大切さ
第4章 個人が社会変動に与える影響
第5章 集団・組織に宿る知性
Part 3 人間の判断と意思決定
第6章 直感とヒューリスティック
第7章 意思決定をめぐるバイアス
第8章 行動経済学
Part 4 チームワークと組織規範
第9章 やる気の高い組織や集団を作る
第10章 チームワーク
第11章 組織としての強さとは
第12章 組織におけるミッションの共有
第13章 優れたチームワークを育む
第14章 学習が生まれる組織
Part 5 コミュニケーションと会議
第15章 コミュニケーションとは
第16章 説得的コミュニケーション
第17章 リスク・コミュニケーション
第18章 管理者のリーダーシップとコミュニケーション
第19章 互いに良い結果が得られる交渉のあり方
第20章 集団間関係
第21章 会議は何をもたらすのか
第22章 会議の落とし穴
前書きなど
本書は、組織や職場の現場で向き合うことの多いトピックについて、科学的な行動観察の視点に加えて、社会心理学の実証研究で明らかにされてきた事柄を組み合わせながら論考をまとめたものである。組織の中で働く人々にとって、日常的に経験する身近な問題について捉え直してみて、新たな解決策、対処法を考えるのに役立ててもらうことを願って筆を走らせてきた文章で成り立っている。自分の組織や職場を思い浮かべながら読んでもらうと、前向きに仕事に取り組むための何かしらのヒントに出会ってもらえるのではないかと期待している。組織で活躍する若い人たちから管理職の人たちまで、広く読んでもらえる内容構成を心がけた。
本書ができあがった経緯を説明しておくと、大阪ガス株式会社・行動観察研究所の松波晴人所長から「行動観察研究所のホームページにコラムを書いてみませんか」というお話をいただいて、二〇〇九年七月から毎月こつこつ試論を書いてきたことが出発点である。その後、掲載をオージス総研のホームページに移していただき、二〇二〇年三月現在、コラムは一一二回を数えている(「行動観察コラム」オージス総研、https://www.ogis-ri.co.jp/column/cat/)。掲載が一〇〇回を迎える頃に、旧知の間柄であった、ちとせプレスの櫻井堂雄社長から「再構成して一冊の本にまとめませんか」とありがたいお言葉をかけていただき、さらに大阪ガスおよびオージス総研のみなさまの寛大なお許しをいただいて、こうして世に送り出すことが叶った。
連載の際、最初のうちは、リクエストに忠実に、行動観察と社会心理学の関係や、研究を進めるうえで行動観察のもつ利点について拙文をしたためていった。しかし、しだいにネタ切れとなり、いつの間にか組織や職場における対人関係やコミュニケーション、チームワークやリーダーシップをネタに取り上げることが多くなっていった。時に、大好きな野球やラグビー、サッカーの話題に飛びついたり、組織を超えて国家のリーダーの行動や意思決定を話題にしたりと、脇道にそれたりもした。自由にテーマ設定をお許しいただいた行動観察研究所およびオージス総研のみなさまのおおらかさのお陰である。
さて、一冊の本にまとめてみようとすると、この自由気ままさがおおいに仇となった。まとめようにもまとまりがつきにくいのである。著者は混沌の極みにいたのだが、優れた編集者である櫻井社長のご尽力のおかげで、なんとかまとまりをつけることができた。
できあがった内容構成を見てみると、やはり著者の関心の中核は、組織や職場で生まれるさまざまな問題について、社会心理学の研究知見を生かしながら考えてみることにあるのだな、と再確認することになった。本書のタイトルを「組織と職場の社会心理学」としたのは、このような経緯を踏まえてのことである。
著者が二二歳でアサヒビール株式会社に入社して、もう四〇年が過ぎようとしている。当時は業績が振るわず、ライバル他社との競争で後塵を拝する悔しい日々を送った。短気な著者は、五年で退職し、学究の道へと転じたが、私の浅慮をあざ笑うかのように、その直後からアサヒビールはまさに日の出の勢いで業績を伸ばし、トップシェアを勝ち取るすばらしい企業になった。いまでも時々、あのとき会社を辞めなければ、どんな人生を歩んでいたのだろうかと思うこともある。ただ、あの会社勤めの経験が、学生時代には見つけることのできなかった自分の中に眠っている研究の命題に気づかせてくれたことは間違いない。
私が研究を進めるときにいつも気にしてきた「成果が思うように挙がらず、下を向いてしまいがちな人たちや組織、職場は、どのようにすれば、元気づけることができるのか」という問いは、会社勤めをするなかで心の中に明確に形作られたように思う。ただ、まだその問いへの答えを明瞭には捉えきれずにいる。したがって、これからもこの問いとの戦いは続いていくことだろう。
本書でしたためた内容には、必ずしも正鵠を射ていないものもあるかもしれない。それはひとえに著者の力量不足ゆえである。ぜひともご指摘とご批判をいただけると幸いである。
あらためて、大阪ガス・行動観察研究所の松波所長はじめ関係者のみなさま、オージス総研の関係者のみなさま、そして、ちとせプレスの櫻井社長のご支援に、深甚なる謝意と敬意を表します。
令和二年 桜舞い散る春に
山口裕幸