目次
第1章 「正義のヒーロー」はどこにいる……なぜヒーロー=〈善〉なのか/ヒーローをヒーローたらしめるもの
第2章 怪獣の悪・怪人の悪……怪獣は出現する/〈人間もどき〉という悪
第3章 世界の境界……二元論的に世界を記述する/〈踏まれた痛み〉原則/善と悪は対立概念か
第4章 勧善と懲悪/都市社会の秩序……秘境から都市へ、冒険から安住へ/マナーからルールへ/功利主義社会の善悪観
第5章 「正義はひとつ」か……越境するヒーロー/一元論への移行
第6章 正義とジャスティス……〈現代正義論〉の主張/〈正義〉が問いかけるもの/ヒーローと正義
前書きなど
巷間「正義の不在」なんていうけれど、昨日今日いきなり不在になったわけではなく、はるか昔から正義は不在だったのだ。
ピラミッドの中に、当時の作業員が「最近の若い者は」うんぬんと落書きを残したという。「古を稽へて風猷を既に頽れる」とは『古事記』の序である。昔に比べて道徳は地に落ちてしまったと、奈良時代の古代人がなげいている。
どんなに歴史をさかのぼったところで、正義なんてものはどこにも見つからない。
普遍にして不変、かつ不偏の正義がほしいなら、わたしたちはそれを再発見するのではなく、これから発見しなければならない。
冒頭に書いてみた、「低下するモラル、激増する少年犯罪、混迷の世界情勢」みたいにいう人は多いけれども、「おれのモラルは低下している」とか「おれの犯罪が激増している」などという人はいない。つねに、だれかよその人の〈悪〉が増大しているのであり、自分の問題だとは思う人はだれもいない。
モラルは低く、少年犯罪は増え、世界情勢は混迷││はるか大昔から、ずっとそうなのであって、昨日今日「低下」したり「激増」したわけではない。
そのように感じるとしたら、それは、「だれかよその人の問題」だと思っているからなのだ。ポルノ規制を求める人は、だれかよその人がポルノを見ると悪影響を受けると主張する。「おれがポルノを見たら、何をしでかすかわからないぞ」という人はいない。そのほうが、よほど説得力があるにもかかわらず。
正義だの道徳だの倫理だのをめぐる言説は、そうして、つねに〈だれかよその人〉の問題でありつづけ、性悪説でありつづけ、わたしたち大衆を管理したい側にとって都合のいい裏づけでありつづけてきた。
もういいかげん、そうしたドロ沼の悪循環からは脱却してもいいころだ。わたしたちは、わたしたち自身の問題として、〈正義〉を見つめなおしていこう。