紹介
詩人・野上彰。
その独特な自由と軽やかさに彩られた詩世界の全容が、半世紀のときを越えて、いま初めて甦る。
【全19曲収録CD付、5月末刊行】
詩と音楽の美しい融合ーー。
「オリンピック讃歌」や「落葉松」、森繁久弥「銀座の雀」など、
詩・訳詞・童謡を数多くのこし、音楽的で透明感あふれる言葉を紡いだ野上彰には多彩な顔があった。
豊島与志雄らと結成し、戦後の芸術前衛運動をリードした「火の会」を結成し、
サトウハチローや草野心平、川端康成と公私にわたって交流し、
東京オリンピックの開閉開式合唱曲「オリンピック讃歌」を訳詞し、閉会式での大コーラスに参加。
この58年間のそのきらめくような活躍の核心は、詩人だった。
猪熊弦一郎装画で生前唯一刊行された詩集『前奏曲』を復刻収録。
「オリンピック讃歌」ほか作詞、訳詞を手掛けた曲など19曲を収めたCD付愛蔵版。
目次
巻頭詩
オリンピック讃歌
I 『前奏曲』復刻
序
わたしの心にある三つのものよ
忘却の時にあつて
雨は降る
冬の夜ふけ 影法師ひとりを守つて
ぼくは思い出すにちがいない
わたしは歸つて行くであろう
ぼくは朝早くから
南風は立葵の色彩をかきみだし
なにをぼくは待つているのだろうか
ぼくは火山の頂きに立つて
みそさざいがぼくの心に巢をつくり
ぼくの手をあなたの膝にあずけて
ぼくの生活が暗くなつてしまつた日に
太陽が火山の頂きに沈んだときから
啄木があなたの胸のなかをのぞきこむ
虻は飛ぶ 金色に
火山の嵐に吹かれ
水芹が羽黒鶺鴒の翼の下に明るく
ぼくは耳を澄ます
ぼくは峠を越えて
歷史がぼくに持つてきた
ぼくはあなたを見失う
あなたの瞳のなかに
ぼくは出發しよう
跋
II 詩
幼き歌[抄]
人間家族[抄]
ぼくたちが愛するといふとき
手による習作
風と光と……
天使
人工光線
海原に立ちて
河 ─吉野川にて―
吹雪
道おしえ
斷章
雨の四行詩(「真夜中の手紙」より)
望郷
阿波祈祷文
III 祝婚歌
皇太子殿下御成婚に捧ぐ祝婚歌
春のあしおと(親王殿下御誕生奉祝歌)
IV 訳詞(世界の歌)
風に吹かれて(風が知ってる)
パフ
ロンドンデリーの歌
なつかしき愛の歌
ゆめ見るひと
V 歌(日本の歌)
落葉松
銀座の雀(酔つぱらいの町)
ばらのエレジー
夜の子守唄
よいとまけシャンソン(裏町)
童話
冬のシャンソン(冬の子守唄)
火の会の歌
VI 童謡
かぞえうた
やぎの子
はる
わが子よ
こもりうた(「マザー・グース」より)
子守歌
エッセイ 野上彰の思い出
草野心平「野上彰の人と作品」
藤田圭雄「野上彰と児童文学」
谷川俊太郎「入ってくる……」
サトウハチロー「野上 彰」
略年譜/初出一覧 /CD収録曲
徳島市内町小学校校歌
あとがき
前書きなど
野上彰はすぐれたアイディアマンでもあった。彼のなかには次々に新しいプランが沸いて盡きることがなかった。また彼ほど色んな可能性を内蔵していた人物も珍らしい。それら色んな可能性は彼の内部でひしめきあい、夫々が突破口を見つけて彼の表現を待つために目白押しに並んでいた。そのため彼の五十八年の生涯は走馬燈のように目まぐるしかった。彼の頭脳は休むヒマなく廻転しつづけたが、そのはてに痛々しい空廻りがきてストップした。鬼才の最後にそれはふさわしいといったら残酷すぎるだろうか。
野上彰の色んな可能性のなかで最もきわだっていたのは矢張り詩だった。他の可能性の基盤をなしていたものも結局はポエジイだった。その意味で他の何者であるよりも彼は先ず詩人だった。
この詩人は然し普通の眼でみると異常に偏向していて、詩作品の殆んど全部が、恋愛をテーマにしている。こんな例は、わが国の現代詩人のなかでは類のないことであって、それだけでも既に特異な存在だった。死後『歴程』に発表された「望郷」的な作品はむしろ例外であって、その全作品の九十パーセントが恋愛の詩であった。そうでない作品でも、すべてが恋愛詩であると錯覚させるような傾向のものばかりだった。そんな不逞な大胆と、また純粋とアマノジャクと駄々ッ子と天衣無縫とがゴチャゴチャ入りまじった彼の人間のなかはいつも新鮮に息づいていた。(草野心平「野上彰の人と作品」より)