紹介
◆生きることは時をつむぐこと◆
生命科学研究はめざましい進展をみせていますが、それが科学の知を超えて、宮沢賢治のいう「ほんとうの賢さ」「ほんとうの豊かさ」の知になるためには、何をすればよいのでしょうか。人間が自然の一部である社会を求めて、多彩な人たちの知恵を織り込み、一冊に紡ぎました。物理学の蔵本由紀氏、国際アンデルセン賞作家賞受賞の上橋菜穂子氏、生命誌に深い関心を寄せる高村薫氏らとの対談では自然・社会・文明など、多岐にわたるテーマが縦横に語られます。
また研究者紹介ではノーベル賞受賞の大村智氏、京都大学総長の山極寿一氏らが生命への熱い探求心を語ります。巨大ウイルスなどについての最新研究リポートも見逃せません。
目次
つむぐ 目次
はじめに
Talk 語り合いを通して
◆生きものの物語を紡ぐ 上橋菜穂子 × 中村桂子
◆緯(よこいと)としての非線形科学 蔵本由紀 × 中村桂子
◆距離と尊重をもって自然に接する 崔 在銀 × 中村桂子
◆身体を通して言葉を超えた世界へ 髙村薫 × 中村桂子
Research 研究を通して
◆ウイルスから「生きている」を考える
巨大ウイルスから見える新たな生物界の姿 緒方博之
ウイルスに寄生する「小さな核酸」 増田 税
◆葉緑体とミトコンドリアから「生きている」を考える
葉緑体と植物進化の光と陰 田中 寛
コラム 核ゲノムとオルガネラゲノムの関係を考える――クラウドゲノムという捉え方
父由来のミトコンドリアゲノムが消されるしくみ 佐藤美由紀
◆微生物との関わり合いから「生きている」を考える
腸内細菌と宿主の肥満をつなぐ受容体 木村郁夫
マトリョーシカ型共生が支えるシロアリの繁栄 本郷 裕一
◆ヒトゲノムから「生きている」を考える
縄文人の核ゲノムから歴史を読み解く 神澤秀明
ヒトから知るエピジェネティクスと進化 有馬隆博
Scientist Library 人を通して
◆新しい微生物創薬の世界を切り開く 大村 智
◆「人間とは何か」を密林にたずねる 山極寿一
◆化学の眼で見る海の毒 安元 健
◆大腸菌から霊長類へ、進化し続ける脳と私 山森 哲雄
あとがき
生命誌ジャーナル掲載号一覧
前書きなど
つむぐ はじめに
一年がたち、年刊号をつくることができました。正直、模索を続けているうちのあっという間の一年でした。
研究館は、研究と表現を通して生命誌という知をつくるために、各メンバーがそれぞれの仕事を積み重ねていく場です。地道な歩みはそれなりにできる集団になってきましたが、新しい知をつくるのは難しく、常に思い通りに進むものではありません。
そのような活動に対して、外からの応援はとても大切、というより不可欠です。季刊「生命誌」は研究館からの発信ですが、これを製作する過程は、外部の方々の応援あってのものです。そこから得たものが、次の発想の素になっていきます。今年も、年刊号にまとまったところで改めて読み、たくさんの知恵がそこここに散らばっているのに気づき、すばらしい方たちの協力あっての研究館だという思いを深めました。
こうして皆さまの知恵をお借りし、多様な生きものたちから学びながら、「人間は生きものであり、自然の一部である」というあたりまえのことを基本に暮らすというのが、生命誌の求める社会です。しかし現実はそこから遠のく方向に動いているように思います。人間は生きものと考えると、最もバカバカしく見えるのが戦争です。生きものたちも素手での戦いはしますが、無人飛行機から子どもたちの上に爆弾を落とすという行為は、それと同じものではありません。現代文明は人間を生きものから遠ざける方向に進んでいます。なんとしてでも生きものの方に引き戻すよう地道に活動を続けていくつもりです。
もっとも、生きものは長い時間の中でたまたま起きた変化の積み重ねとしてでき上がっているものですから、決してどこから見ても文句のつけようのない立派なものではありません。もちろん人間(ヒトという生きもの)も。そこが面白くて研究をしているというのが本音ですから、生きものとして生きるという選択をすればそれだけですばらしい社会になるなどと思っているわけではありません。ただ、生きものとして生きるなら、どこかで宮沢賢治のいう「ほんとうの賢さ」「ほんとうの豊かさ」につながる気がして、それを考えていきたいのです。
本書の最後に研究館の紹介があります。ホームページへ入っての書き込みや来館などの形で、私たちの活動に参加して下さい。チョウ、クモ、ハチ、カエル、ナナフシ、ハイギョと一緒にお待ちしています。