紹介
なぜ人々は,時に声を聞き,他の者から見れば奇妙なことを信じ,現実離れした混乱の時を体験するのだろうか。最新の研究や当事者の体験談を豊富に引用しながら,精神疾患の「心理的・社会的な側面」に光を当てる。生活上の負担や影響を踏まえた支援のあり方を探り,多元的・複眼的視点からメンタルヘルスの制度改革を説く。
◆推薦のことば
知ることによって,初めて開く扉がある。本書には
「統合失調症の心理療法」をはじめ,たくさんの鍵が
秘められている。扉を開けるために必要なもの,
それはあなたの勇気だけだ。
斎藤 環(筑波大学医学医療系社会精神保健学 教授)
教科書的見解に慣れきった専門家にとっては,
時には自らの常識を揺さぶってみる機会を与えてくれるだろう。
村井 俊哉 (京都大学医学研究科精神医学教室 教授)
◆主な目次
第1部 「精神病」とは何か
第1章 本報告書の内容――時として精神病と呼ばれる体験
第2章 これらの体験はどの程度一般的なのか
第3章 このような体験を精神疾患と見なすのは最良の方法なのか
第4章 このような体験は人々の人生にどのような影響を与えるのか
第2部 原因
第5章 生物学――私たちの脳
第6章 人生体験とそれが私たちに及ぼす影響
第7章 私たちが世界を理解する方法――「精神病」の心理学
第3部 何が支援となるのか
第8章 問題をめぐる共通理解に到達すること
第9章 自助,あるいは友人,家族,コミュニティによる支援
第10章 専門家による実際面および情緒面の支援
第11章 話すこと――心理的支援
第12章 投薬治療
第4部 何を変えていく必要があるのか
第13章 メンタルヘルスサービスは何を変えていく必要があるのか
第14章 全体として何を変えていかなければならないか
目次
はじめに
要旨
専門用語についての注釈
第1部 「精神病」とは何か
第1章 本報告書の内容――時として精神病と呼ばれる体験
精神病を経験するとはどのようなことなのか
体験は個人によって異なる
異なった文化の存在
第2章 これらの体験はどの程度一般的なのか
どの程度の人が「精神病」の体験をするのか そして,どの程度の人が統合失調症と診断されるのか
メンタルヘルスサービスを利用しない人々
第3章 このような体験を精神疾患と見なすのは最良の方法なのか
序論 精神疾患という考え
精神病的体験と通常の体験は,どこで切り離すことができるのか
ごく普通の人も奇妙な体験をすることがある
精神疾患の診断には信頼性があるだろうか――すべての医師がその診断名に同意できるのだろうか
メンタルヘルスの診断には意味があるのか 何か実際の「もの」を示しているのか
疾病と見なすことについての利点と不利点
診断名から離れるよう促す近年の勧告
第4章 このような体験は人々の人生にどのような影響を与えるのか
結果をめぐるばらつき
どの結果が問題となるのか
結果に影響を与えるもの
精神病が暴力を引き起こすという俗説
第2部 原因
第5章 生物学――私たちの脳
序論
遺伝
神経化学的理論
脳の構造と機能
結論
第6章 人生体験とそれが私たちに及ぼす影響
序論
人生での出来事とトラウマ
人間関係
不平等,貧困,および社会的不利
第7章 私たちが世界を理解する方法――「精神病」の心理学
人生における出来事と精神疾患を結ぶ心理的リンク
声を聞くこと,内言,記憶
私たちはどのようにして信条を作り上げ,結論に達するのか
感情と精神病との関係性
精神病的体験がどのように苦悩や障害に発展するか
第3部 何が支援となるのか
第8章 問題をめぐる共通理解に到達すること
フォーミュレーション
何が支援となり得るかを判断すること
第9章 自助,あるいは友人,家族,コミュニティによる支援
序論
友人や家族からの支援
自助と相互支援
第10章 専門家による実際面および情緒面の支援
序論 サービスは何のためのものか
基本的なニーズに的確に対応する
情緒面の支援
就業と雇用
考えを体系化し,動機を保つための支援
早めに支援を受けること
危機における支援
安全を保つ
第11章 話すこと――心理的支援
序論
認知行動療法(CBT)
認知療法
精神的外傷に焦点を当てるセラピーと精神力動的アプローチ
アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)とマインドフルネス
ナラティヴ・セラピーとシステムズ・セラピー
ボイス・ダイアログ
家族への支援
心理療法の利用度の向上
自分に適したアプローチを探し出すこと
結論
第12章 投薬治療
投薬治療にはどのような効果があるか
「抗精神病薬」の問題点
投薬についての協働的な決定
第4部 何を変えていく必要があるのか
第13章 メンタルヘルスサービスは何を変えていく必要があるのか
「医療モデル」の域を超える
家父長主義を協働作業に置き換える
何をすべきかを告げるのではなく,人々が選択するのを支援する
権利と期待を明確にする
措置入院や精神衛生法の施行を削減する
研究の方法を変革する
メンタルヘルスケアの専門家の訓練とその支援方法を変革する
第14章 全体として何を変えていかなければならないか
私たちは皆,同じ場所にいるのだと捉えること――「私たち」と「彼ら」の境は存在しない
予防に焦点をあてる
「メンタルヘルス」を基盤として偏見や差別と闘わなくてはならない
文献
原書 編者紹介
寄稿者紹介
訳者あとがき
前書きなど
本報告書は,声を聞いたり,妄想を抱くような体験,つまり一般に「精神病」とみなされる体験を,なぜ人々がするかについて,最新の知識を大まかに説明したものである。その上で,いったいどのようなことが支援につながるのか,についても検討していく。臨床的な表現を用いれば、本報告書は「統合失調症と他の精神病の原因と治療」について述べていると言えるであろう。……これまで主に生物的な問題,すなわち疾患と考えられてきた心理的状態についての理解は,近年大幅に進歩した。その生物的な側面については実に多くのことが執筆されているが,本報告書は心理的かつ社会的な側面に焦点を当てることによって,これまでのアンバランスを是正することを目的としている。さらに,このような体験をどう理解するか,またそれが苦悩となるときにはどう支援したらよいのか,の両面についても述べることにする。
社会が「精神病」や「統合失調症」をどう考え,どのような支援を提供するかをめぐっての,既に進められつつある根本的な変革に,本報告書が貢献できることを期待している。例を挙げれば,将来,サービス提供側が利用者に,問題について特定の解釈を押しつけること,すなわちそれは疾病であって基本的に投薬治療を受けるべきだ,という伝統的な見方を押しつけることはなくなるだろう。本報告書は,メンタルヘルスの領域で働く専門家やその利用者,また友人や親類にとっての資料となるように,……意図されている。ここには,サービスや職業的な訓練を委託考案する責務を負う人々や,ジャーナリスト,政策立案者にとっても極めて重要な情報が含まれている。私たちの社会全体が,精神病だけではなく,多くは精神障害と呼ばれる他の苦悩についての見方を変える糸口と本報告書がなることを,私たちは期待しているのである。
(「はじめに」より一部引用)