前書きなど
監修者まえがき
本書は、明治期の日本で「お雇い外国人」として活躍したオスカー・コルシェルト(Oskar Korschelt、一八五三~一九四〇)によるDas japanisch-chinesische Spiel . Ein Concurrent des Schach(Écho du Japon:Yokohama, 1881)の全訳です。本文中でも触れられているように、これは、コルシェルトが『ドイツ東洋文化研究協会会報(Mittheilungen der Deutschen Gesellschaft für Natur-und Völkerkunde Ostasiens)』に連載していた記事をまとめたもので、囲碁史の分野では英語版のタイトルから『碁の理論と実践』として知られているものです。
「お雇い外国人」とは、明治政府などが、国民に西洋の技術・学芸を学ばせるために雇い入れた欧米諸国出身者のことで、コルシェルトは一八七六年から八四年まで日本に滞在し、東京大学や国営の地質調査所などで化学や数学の講師、分析官として働き、日本人を指導しました。そして、そうした本業のかたわらで、囲碁と出会い、当時、日本一の碁打ちだった村瀬秀甫(一八世本因坊、一八三八~八六)の教えを受けます。
本書は、明治期におけるトップクラスの囲碁に触れたコルシェルトが、このゲームの面白さと奥深さを同国人に伝えるために書いたものであり、「明治時代のドイツ人が書いた囲碁の本」という唯一無二の書籍です。明治時代の囲碁の世界(理論や練習方法)を囲碁に親しんできた日本人の目線から語る書籍は、すでにあるでしょうし、これからも書かれることでしょう。しかし、「先進国」から「未開の」日本にやってきたチェス好きの西洋人が接した囲碁の世界を伝えられるのは、この書籍をおいて他にはありません。
また、本書には村瀬秀甫自身による棋譜の解説があり、その一部は日本語になるのが初めてです。彼が入門者のために書いた(しかし、骨のある)解説を読みながら棋譜を並べることは、囲碁ファン、特に古碁ファンにとって価値あるものとなるでしょう。ただし、この本は、コルシェルトの意に反して、囲碁の入門者に最適なものとはなっていません。現代の観点からみると(そして、当時のドイツ人にとっても)、詰碁やヨセの部分は初心者に親切とは言えません。この点には注意していただきたいと思います。
翻訳にあたっては、「一九世紀末を生きたドイツ人が同国人に囲碁を紹介する」という原書の雰囲気を重視して、可能なかぎりコルシェルト自身が選んだことば(しばしばチェスの用語で碁を紹介している)に忠実に訳しましたが、読みやすさに配慮して、小見出しをつけ、改行箇所や図の位置を変更し、棋譜および固有名詞、年代の明らかな誤りを訂正しました。そのさい、英語版(Korschelt, O.(1966): The Theory and Practice of Go)も参考にしました。また、解説が必要と思われる箇所では、[ ]内に注記しています。
囲碁史やヨーロッパ人による日本理解、村瀬秀甫による布石の理論など、本書には様々な興味ぶかい側面があります。ご自身の関心にしたがって、お好きな章から読んでいただければ幸いです。
それでは、お楽しみください。