目次
「グローバル時代の食と農」シリーズの刊行にあたって
日本の読者へのメッセージ
謝辞
序章 国境を越える農民運動を理解するための枠組み
第1章 国境を越える農民運動の歴史と多様性
歴史的前例
栄光の30年?
20世紀後半における小農の闘争
TAMと新自由主義の台頭
第2章 国境を越える農民運動内の多様性:階級、アイデンティティ、イデオロギーをめぐる競争
農民層分解に関する議論と「中農」
社会階級分化
TAM内部の階級政治
ビア・カンペシーナにおける農地問題と「門番役」
その他のアイデンティティ政治
イデオロギーの違い
イデオロギー分裂によるコスト
結論
第3章 国境を越える農民運動間の階級、アイデンティティ、イデオロギーの違い
農民層分解とアイデンティティ政治
イデオロギー
結論
第4章 国境を越える農民運動の活動領域:国際、全国、ローカルレベルをつなぐ
異なるレベルのニーズに対するバランス
抗議活動のレパートリーと手法の拡散
農に関する知識・知恵の普及と構築
リーダーシップをめぐるダイナミクス
「代表権」の二つの意味
第5章 「私たちを抜きにして私たちのことを語るな」:TAMとNGO、援助機関
TAMとNGO
TAMと非政府系援助機関
TAM、NGO、非政府系援助機関の緊張と矛盾
変化するグローバルな援助複合体とその影響
結論:組織形態を越えた対立と協働の関係
第6章 国境を越える農民運動と国際機関
新自由主義、国民国家、そして市民社会の台頭
制度的空間
同盟者
働きかけの対象と対抗相手
分裂と対立、TAMと国際機関の関係
結論
第7章 これからの挑戦
原註
組織の名称と略称
訳者解説
参考文献
前書きなど
「グローバル時代の食と農」シリーズの刊行にあたって
私たちの食生活は、世界中から集められた「美しい」食材で溢れている。しかし皮肉なことに、これらの食材は、だれがどのように生産したのかが分からないために、不安とよそよそしさを生み出してもいる。そこで改めて、食と農、さらにはその基になっている自然と地域社会を見直そうという機運がかつてなく高まっている。そのことは、この数年間で私立大学に農学部およびそれに類する学部が相次いで開設されたことによく示されている。また地方大学では、農業や地域産業を含む地域立脚・地域志向型学部(地域協働学部や地域創成学部など)への再編を行ったところも少なくない。
しかし、こと日本の農業について語るときには常に過疎化、高齢化、後継者不足という、ステレオタイプの理解がつきまとっている。この理解は、今のままでは日本農業に未来がないので、大胆な改革が必要であるという言い分につながる。この言い分は、コスト競争力を強化し、農産物をどんどん輸出して「儲かる農業」に変えていくことを求める。中小規模の「農家」が多数を占める、現在のような日本農業ではダメで、少数の大規模家族経営や法人経営のような効率的「農業経営体」を育成しなければならない。これからはICT(情報通信技術)やロボットを駆使する最先端の農業を行える「農業経営体」だけが世界規模の大競争に勝ち抜き、生き残っていける。このような情報技術を使うアグリカルチャー4.0の時代に対応できない中小規模の農家や高齢経営者には「退場」してもらうしかない。
こうした効率優先、利益第一、市場万能、競争礼賛の考え方は、まさに新自由主義的な経済思想にほかならない。この経済思想は、生命と自然を大事にする地域密着の農業から利益優先の農業・食料システムへの転換を図っている。しかし、本当にそれで私たちは幸せになれるのだろうか。翻って、日本から目を転じたときに、世界の農業もまた新自由主義的な方向性に覆いつくされているのだろうか。世界的な視野から日本の農業を見直すと、ステレオタイプの言説に囚われた理解を乗り越えて、新しい視野を獲得することができるのではないだろうか。
この問題を考えるうえで、「グローバル時代の食と農」シリーズ(原書版シリーズ名Agrarian Change and Peasant Studies Series)はとても有益な示唆を与えてくれる。本シリーズは、効率性や市場万能主義が跋扈しているかに見える世界の農業とそれを取り巻く研究が、「だれ一人取り残さない」視野に立脚し、新自由主義とは大きく異なるパースペクティブを持っていることを教えてくれる。食と農は人間の生命と生活の根源に深くかかわっているし、農の営みが行われる農村空間は社会的にも景観的にも経済にとどまらない多彩な意味を持つからである。
確かに、新自由主義的なグローバリゼーションが深化していく中で、農業とそれを取り巻く社会関係は大きな変容を迫られてきた。しかし私たちは、その変容がもたらす意味についてきちんと考えてはこなかったように思う。また、この変容の中で農民がどのように生きているのか、農民たちが世界中の農民と連帯し、またNGOなどの市民社会組織、さらには国際機関と連携を強めていることに無関心であったように思う。本シリーズによって、私たちは日本からの視点だけでは見えにくい農の全体性をしっかり理解できるだろう。
(…後略…)