目次
謝辞
はじめに――ヘイトクライムへの取り組み
第一章 修復的司法から見たヘイトクライムの概念
はじめに
「ヘイトクライム」とは何か?
「ヘイトクライム」における「ヘイト」を定義する
「ヘイト」を「クライム」に結びつける
「ヘイト」を法律化する
被害者化のプロセスとしてヘイトクライムを理解する
ヘイトの過程
被害者‐加害者の関係
ヘイトクライム政策に「ヘイト事象」を取り入れる
繰り返される「ヘイト事象」への対応としての応報的アプローチの限界
まとめ
第二章 ヘイトクライムのための修復的司法の概念整理
はじめに
第一節 修復的司法とは何か
第二節 害悪の修復――規範的前提と経験的結果
第三節 修復的司法の限界――方法上の問題
第四節 ヘイトクライムを扱う修復的司法の課題とチャンスについての予備的検討
まとめ
第三章 ヘイトクライムが残す傷――構造的不利益から個人のアイデンティティまで
はじめに
第一節 構造的な不平等――憎悪による被害の始まり
第二節 ヘイトクライム被害の直接的な影響
まとめ
第四章 日常的なヘイトクライムの被害を修復する――コミュニティ調停と修復的司法実践者の視点
はじめに
第一節 コミュニティ調停とヘイトクライム・プロジェクト
第二節 ヘイトクライムの被害を修復する
第三節 修復的実践者の経験
まとめ――ヘイト事象を理解し、それがもたらす被害を修復する
第五章 修復的な警察活動とヘイトクライム
はじめに
第一節 修復的警察活動
第二節 修復的措置はヘイトクライムの被害を回復させることができるのか
まとめ
第六章 二次被害、国家の関わり、複数組織との協力関係の重要性
はじめに
第一節 ヘイトクライムに対する国家の反応――住宅局職員および警察官がもたらす被害を検証する
第二節 複数組織連携による被害の軽減
まとめ
第七章 「コミュニティ」の危機――理論から実践へ
はじめに
第一節 「コミュニティ」に迫る危険
第二節 支配と二次被害を防ぐ
まとめ
第八章 「差異」に人間性を持たせ、修復的対話で偏見に立ち向かう
はじめに
第一節 文化およびアイデンティティの違いを話し合う――分断された気持ちを克服する
第二節 「差異」に人間性を持たせる――「ストーリーテリング」の重要性
まとめ
第九章 結論――隠された真実を明らかにする
ヘイトクライムに対する修復的アプローチの必要性
ヘイトクライムの本質について修復的司法が伝えること
修復的司法の実践についてヘイトクライムが伝えること
《論考》日本のヘイトクライムの現状――本書への架け橋[師岡康子]
監訳者あとがき
別表A インタビュー項目一覧 被害者と申し立てを行なった被害者用
別表B インタビュー項目一覧 修復的司法の実践者用
文献
索引
前書きなど
監訳者あとがき
本書は、Mark Austin Walters 著 Hate Crime and Restorative Justice (2014) の全訳である。
著者のウォルターズは、サセックス大学ロースクールの刑法および犯罪学の教授であり、ヘイトクライム対策や調査活動、修復的司法の研究などで知られている。ヘイト国際研究ネットワークの創始者の一人でもある。本書は、修復的司法とヘイトクライムという、従来あまり注目されてこなかった領域に光を当てるものである。
修復的司法をヘイトクライムと組み合わせるというアイデア自体は、初期の修復的司法の試みの中でも選択肢としてあげられていた。ノルウェーの犯罪学者ニルス・クリスティは、第二次世界大戦期のホロコーストをめぐる研究において、収容所の被収容者と看守との間で会話が通じたことが、その後の差別的な関係性に変化を及ぼしたというエピソードを伝えている。彼は、こうした会話が双方が互いに相手を人間として認識する契機となりうる、という点に可能性を見出したのだが、修復的司法における「対話プロセス」には、少なからず差別や偏見の解消に資する点が含まれている。
しかし、修復的司法とヘイトクライムを論じた研究は多くない。二〇世紀後半以降に整えられた反差別法制やヘイトクライム規制では、修復的司法をこうしたヘイトクライムに応用するという視点は、ほとんど問題にされてこなかった。これは一つには、まだ新しいアイデアと見られていた修復的司法に対し、研究者の間でも理解が十分でなかったことにも起因すると思われる。そうした中、本書一八ページでも言及されているシェンク(Alyssa H. Shenk)の二〇〇一年の論文 .Victim-Offender Mediation: The Road to Repairing Hate Crime Injustice.(「VOM(被害者・加害者間の調停)――ヘイトクライムの不正義を修復する」)が発表される。修復的司法の技法の中でも被害者と加害者間での対話・調停に重点を置いたプログラム(VOM)がヘイトクライム規制に応用しうるのではないかという方向性を示すものであった。本書の著者ウォルターズもまた、同時期から修復的司法とヘイトクライムとの関係に着目した研究を続けていたが、VOM以外の、ファミリー・グループ・カンファレンス(FGC)、警察による対話プログラム(本書中では「修復的措置」と呼ばれている)などにまで研究分野を拡大したものが、本書である。著者は、実際に英国のヘイトクライム・プロジェクト(HCP)において修復的司法を応用した調査も行ない、本書でその分析を公表している。ヘイトクライムに対する修復的司法の可能性を論じた単著としては、おそらく初の本格的な研究書である。
(…後略…)