目次
まえがき
アメリカ合衆国地図
Ⅰ 政治・外交・経済
第1章 2012年オバマ再選――草の根運動に負けた風見鶏(フリップ・フロッパー)ロムニー
第2章 国民皆保険実現に向けた前途多難な船出――医療保険制度改革法
第3章 銃社会の不条理――繰り返される悲劇
第4章 オバマ政権と同性愛者の権利――「問わず、語らず」廃止へ
第5章 2010年国勢調査――加速するアメリカの非白人化
第6章 保守主義の現代的展開――キリスト教右派とティーパーティ運動
第7章 女性の政治進出――政治マイノリティの躍進とメディア表象
第8章 連邦最高裁判所の構成変化――白人男性支配から多様性の時代へ
第9章 シチズンズ・ユナイテッド判決――選挙資金規制と言論の自由の相克
第10章 「核兵器のない世界」を目指して――新START条約
第11章 対テロ戦争の傷跡と復興の模索――アフガン戦争・イラク戦争その後
第12章 グアンタナモをめぐる人権問題・基地問題――対キューバ関係
第13章 21世紀の米中関係――大国間関係の深まりと摩擦
第14章 普天間基地問題と日米安保体制――日米同盟の絆と摩擦
第15章 プエルトリコ――「自由連合州」の現状と今後の行方
第16章 住民提案運動に見るアファーマティブ・アクションの動向――人種による差異の解消か、温存か?
第17章 アリゾナ州移民法判決――連邦権限、「正当な手続き」の問題
第18章 ウィスコンシン州財政再建案――真の狙いは組合つぶしか?
第19章 リーマンショック――「アメリカ金融帝国」の終焉
第20章 格差に対する「99%」の抗議運動――ウォール街占拠
第21章 監獄ビジネス――「塀のある工場」での奴隷制
第22章 現代学資ローン事情――借金と引き換えの卒業証書?
Ⅱ 社会
第23章 ヒスパニック/ラティーノ――アメリカで最大のマイノリティ集団
第24章 混血(マルチレイス)――人種の「終焉」か、「担保」か?
第25章 レイシャル・プロファイリング――ヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニア事件
第26章 ジーナ6事件とトレイボン・マーティン事件――現代版リンチ
第27章 スポーツと人種――黒人身体能力神話の再検討へ
第28章 21世紀の日系アメリカ人――いまだに残る第二次世界大戦の記憶
第29章 チャイナタウンの隆盛――中国系コミュニティの郊外化
第30章 バイリンガル教育のその後――連邦政府主導の教育改革のなかで
第31章 ティーチ・フォー・アメリカ――教育格差是正の鍵となるか
第32章 グレース・ホッパー会議――理工系女性を支援し、勇気を与える学会
第33章 卓越する女子大学のグローバルな取り組み――世界の女性の21世紀的社会参画を見すえて
第34章 女性アスリート増加の光と影――スポーツとジェンダー
第35章 「レッツ・ムーブ!」――オバマ大統領夫人による子どもの肥満対策運動
第36章 『フード・インク』――食の安全とドキュメンタリー映画
第37章 メガソーラーからシェール革命へ――エネルギー新時代
第38章 フクシマの危機と米国の対応――「これは訓練ではない」
第39章 ハリケーン・カトリーナ――天災・人災論争を超える歴史学的教訓
第40章 シュワルツェネッガーと環境政治――カリフォルニアの行方
第41章 ピッツバーグとデトロイトの明暗――衰退した工業都市の行方
Ⅲ 文化・宗教・思想
第42章 スティーブ・ジョブズが残したもの――不可能を可能にする精神
第43章 ソーシャルメディア――ネット世界とリアル世界の交差点
第44章 電子書籍――知の遺産を多くの人へ
第45章 ウィキペディアとウィキリークス――連邦政府と情報のあり方
第46章 アニメの伝統をひとひねり――ディズニーとドリームワークス
第47章 勝手に変えられる黒人女性キャラクター――問題作を娯楽映画に
第48章 ラップ音楽における第三の波――ダーティ・サウス
第49章 現代アメリカ宗教事情――多様性と流動性、メガチャーチの興隆
第50章 進化論論争再燃――天地創造説の復活
第51章 21世紀のムスリム市民――「内なる他者」の今
第52章 火葬の普及――葬儀の簡素化、個人化の流れ
第53章 先住民の遺骨返還をめぐる議論――アメリカ先住民墓地・保護返還法
第54章 国立エスニック博物館――国家の中心でマイノリティが「アメリカ」を語るディレンマ
第55章 M・L・キング・ジュニア記念碑――黒人初の偉業と記念碑をめぐる論争
第56章 首都ワシントンのヘレン・ケラー――彫像コレクションに見るアメリカ史像の変遷
第57章 『国立公園―アメリカ最高の理念―』――ケン・バーンズのドキュメンタリー映画
第58章 南北戦争150周年――錯綜する記憶と記念のあり方
第59章 グラウンド・ゼロの10年間――愛国主義か商業主義か、ニューヨークの混沌
第60章 『沈黙の春』から50年――今、日本人へのメッセージ
あとがき
前書きなど
まえがき
1998年に『現代アメリカ社会を知るための60章』は“エリア・スタディーズ”叢書の第1巻として刊行された。以後、叢書が対象とする“エリア”は増え、今ではその数は100を超える。アメリカ合衆国(以下、アメリカ)を全般的に網羅し、その最新の情報を扱った同叢書としては、これに加え、2002年に内容を一新した『21世紀アメリカ社会を知るための67章』(以下『67章』)が出版された。その「まえがき」において、本書のようなガイドブックは状況の変化が顕著であると認められる場合には「常に書き換えられることが望ましい」と書いた。アメリカはまさにこのような状況にある社会=エリア・スタディーズの対象であり、『67章』刊行からすでに10年あまりをへていることに鑑み、内容を一新する構想が練られ、『67章』の執筆者を中心に、新しい編集体制のもとで本書が作成された。項目(章)の選択・クロスレファレンス(関連事項の指摘)などの作業については「あとがき」で詳しく述べられよう。ここでは、近年のアメリカ社会の内外の動向について概観する。
近年のアメリカについてもっとも顕著なことは、人口動態(デモグラフィ)の変化であろう。人種・民族的多様性がアメリカの特徴であることは何人も否定できないが、その傾向はとみにあきらかになっている。また、IT産業の進歩が目覚ましいことも特筆されよう。人々の生活がこのことに大きく影響されている点は論をまたない。これはアメリカに限ったことではなくグローバルな傾向であるが、アメリカで生じたことが、きわめて短時間のうちに世界のすみずみまで伝わることは周知の通りである。
本書の第Ⅰ部(政治・外交・経済)において、最近のアメリカについての基層的なデータが示されている。連邦議会および連邦最高裁判所の構成が、従来と比べ大きく変化したことが指摘される。続く第Ⅱ部(社会)と第Ⅲ部(文化・宗教・思想)において、国民の生活のさまざまな分野においてあきらかになった変化が、詳細な事例とともに紹介される。
2012年秋の時点でアメリカについての最大の関心は、4年前に「黒人」大統領として初当選したバラク・オバマ(民主党)が再選されるかどうかであった。結果は、共和党候補ウィラード・ミット・ロムニーとの激しい選挙戦に勝ち、オバマの再選がなった。経済の分野では、アメリカはリーマンショック(2008年9月)から立ち直ることができるか、すでに立ち直ったといえるかが問われた。また「財政の壁」――減税措置の停止と歳出削減から生じると予想される経済不安――という大きな問題が浮きぼりになり、オバマ第二期政権はそれを回避する適切な措置を講じ、アメリカ国民を経済不安から救うことができるかが、大きな関心事となった。現時点では富裕層への増税と財政再建に関して行政府(大統領)と立法府(議会)の思惑が対立し、大統領による歳出削減の発動(sequestration)という大英断は2013年3月まで先送りされているが、根本的なところでの調整はいまだに行われていない。
今アメリカにとって大きな課題のひとつは、移民制度改革である。入国までの経緯は個人によって異なるとはいえ、アメリカに居留している不法(非合法)な外国人――推定1000万人を超える――をいかに処するかで、アメリカの拠って立つ理念および同国の政治・経済・社会のありようが問われる。全員にアメリカ合衆国市民権を与える、あるいはいくらかでも不法滞在が疑われる者を国外追放すれば解決されるという単純な問題ではない。オバマ大統領は、さまざまな手続きをへて彼らがアメリカ市民になる道を開く改革を標榜しているとされる。たとえば、国境管理(とくにアメリカ=メキシコ国境)を厳格にする一方で、教育歴を考慮したり、技能・熟練を有する人々の受け入れを合法化するなどの構想を持っていると報じられている。問題は、いかにして議会の同意を得るかである。共和党は、国境管理の厳格化については賛成するが、それ以外の案には反対すると思われる。今後の調整が注目される。
他方、アフガニスタンからの米駐留軍撤退を実現すること、イランと北朝鮮による核兵器開発に歯止めをかけることも、オバマ第二期政権にとって急を要する課題であり、国民に対するアピールと議会への周到な働きかけが求められているのはいうまでもない。
本書で示される各項目についての紹介と分析は、現時点で入手できる資料に基づいて、各執筆者が自らの問題意識に照らし合わせつつ記述したものである。アメリカについて広範にして正確な情報を得たいとする読者の要請に、いささかなりとも応えることができることを願うものである。
2013年3月 明石紀雄