目次
茶の本
Ⅰ 人間主義茶(ヒューマニティ)の一碗
Ⅱ 茶の流派
Ⅲ 道教と禅
Ⅳ 茶室
Ⅴ 芸術鑑賞
Ⅵ 花
Ⅶ 茶人たち
解説
一 「岡倉天心」と「岡倉覺三」
二 「天心」神話の歴史
三 戦後も生きつづける「天心」神話
四 「天心神話」と『茶の本』
五 『茶の本』という本
六 『茶の本』のメッセージと文体
七 『茶の本』の構成
THE BOOK OF TEA
前書きなど
解説(木下長宏)
(…前略…)
五 『茶の本』という本
The Book of Teaは、一九〇六年五月、ニューヨークで出版されたが、Ⅰ章、Ⅱ章、Ⅲ章、Ⅴ章はあらかじめ、いくつかの雑誌に分載されており、他の二冊の英文著書のように書き下ろしではない。岡倉がボストン美術館にいたころ助手をしていた富田幸次郎氏によると、ボストン美術館の中国日本部でボランティア活動をしている女性たちに岡倉が話したときの原稿を、助手のマックレーンが拾って、ラファージに見せたのがまとめられたということだし、ほかに、ガードナー美術館での集まりで話したときの原稿が元になっているとか、成立についてもいろんな伝聞がある。いずれにしても、そういう詮索は「天心神話」の上塗りをするのに役立つだけで、いまとなっては「事実」を確証することはできない。それぞれの「天心」信奉者が自分流の「天心」像を飾りたいためになけなしの想像力をはたく以上のことはできない。われわれは、与えられたテクストだけから、このThe Book of Teaという一冊の小さな本が、どんなことを語りかけてくれるか、謙虚に読めばいい。こんなことを書いているのは「天心」がこう言いたかったからだ、などと考えるのは、やめたほうがいい。
もちろん、この本が書かれた情況や事情について、まったく無視していいというのではない。本文を読みながら、そこから発生してくる書かれたときの情況や事情は、真剣に深く考えねばならない。それが読書することの醍醐味であり義務でもある。それを逸脱して先入観で塗り固められた「天心」の上塗りをしてもつまらない、ということを言いたいだけである。
本書では、訳文がそういう先入見に色づけされたものにならないよう極力気を配った。
そのために、翻訳は原文の初版を、改めて真正面から見つめ、取組んだ。本書ではその原文を、われわれの前に遺されている姿を、できるだけ無傷のまま収録することにした。その初版の姿から読み出せるものを読み出すこと。一九〇六年、オカクラ・カクゾーという著者が書いたThe Book of Tea――そこからわれわれはなにを読めるのか。それが可能になるような翻訳を、いま、なによりもまず、心がけねばならない。現代という場所から誤りだと見えるところを勝手に直したり、原註は古くさくて役に立たないからと削除したりすることは許されてはならない。そのことを戒めた上で、明らかな誤記は訂正して訳出したが、原文ではそのままにしておいた(註をつけて説明している)。
(…後略…)