目次
まえがき
第1部 伝統的社会と学校
第1章 伝統的社会における近代教育の意味――マサイの学校調査から(内海成治)
第2章 遊牧民の生活と学校教育――ケニア中北部・サンブルの事例(湖中真哉)
第3章 伝統的慣習に向き合う少女と学校の関わり――彼女たちの就学を支えるもの(澤村信英)
第4章 近代教育形成における伝統文化の位置づけ――ポストコロニアル時代の批判的検討(前田美子)
第2部 子どもの生活世界と学校
第5章 小学校の文化的特性――生徒・教師間のダイナミクスに注目して(伊藤瑞規)
第6章 社会変容と就学前教育の課題――ラム島における調査から(中川真帆)
第7章 中等教育授業料撤廃と小学校修了者の反応――マクエニ県での追跡調査から(大塲麻代)
第8章 算数指導における発問の特徴――教師用指導書の分析から(松永彩)
第9章 子どもの就学・労働と自尊心――ナイロビの小学校8年生の事例から(櫻井里穂)
第3部 地域コミュニティと学校
第10章 小学校女性教師によるコミュニティ開発――その役割と可能性(高柳妙子)
第11章 初等教育の量的拡大と地域の視点――ムインギ東県での教室建設の事例から(景平義文)
第12章 初等教育における学業成績を規定する要因――SACMEQの分析から(島田健太郎)
第13章 EFA達成をめぐる国際援助の動向と課題――マクロの視点とミクロの実態の乖離(西村幹子)
初出一覧
あとがき
前書きなど
まえがき
本書出版の構想は、一人二人の研究者では無理であっても、関係者の知恵を出し合えば、アフリカの教育研究に新しい地平が拓け、次の段階へ進めるのではないかと考えたことが背景にある。何度もフィールドに入り、研究を進めれば進めるほど、教育という対象は捉えがたく、個人研究の限界を感じるようになった。一人で自由な発想に基づく研究の楽しさはあるが、対象への切り込み方がどうしても一面的になる。このことは、複数で調査を行った場合、同じ対象を観察し、同じ人の話を聞いても、相互に理解する内容が微妙に違うことから気づくことである。
これまでアフリカ(サブサハラ・アフリカ)の教育についてまとめようとすると、多様な国々を面的に網羅することをしてきたが、特定の国に絞って人びとの生活の内面に深く切り込んだ教育研究ができないものかと考えるに至った。共通の対象を多様な分析視角で捉えれば、より対象の実像に近づけるのではないかと思ったからである。一人の研究者が得意とする調査ツールや個々の感性は限られている。そうであれば、複数の研究者で同じ対象を調査してみてはどうか。そんな素朴な考え方から試行錯誤でやってみたのが、8名の研究者・実践者で行った「ケニア教育開発研究合宿」(2006年)、あるいは複数のサイトや学生・研究者で取り組んだ「マルチ・フィールドワーク」(2010年)と称した調査である。
(…中略…)
本書の特徴は、冒頭でも述べたとおり、数多くの研究者が独自の視点やツールを用い、共通の対象であるケニアの教育の分析を試みているところである。遠く離れた国の教育について、これだけの数の研究者が関心を寄せている事実にあらためて驚いた。テーマも様々であり、その成果の豊かさと研究のダイナミズムを理解してもらえると思う。制度や政策、統計的な分析にとどまらない、子どもたちや教師、地域の人びとの生き生きとした姿が思い浮かぶような章も多い。一見、日本の状況との外面的な違いに驚くが、内面をよく読み解くと、ケニアだからといってそんなに学校教育のあり方や学校に対する保護者の期待が違うというものではないこともわかる。研究を進めれば進めるほど、核心に近づけば近づくほど、類似性に気がつくのである。
ケニアの教育の日本での草分けといえば、故豊田俊雄先生だろう。特にそのお人柄は忘れられない。アフリカはもちろんのこと、発展途上国の教育開発研究がまだまだ珍しかった草創期にナイロビ大学で教育研究に従事されていたのである。そのような時代においては、アフリカの情報も欧米の研究者や実践者の成果を通して得ることが多かったが、今ではそのようなこともなく、日本人が直接フィールドに入り調査し、国際的に研究成果の発表を行うのも普通になってきた。
本書は13章から構成されており、テーマにより3部に分類した。第1部(伝統的社会と学校)では、伝統的社会で近代的な学校教育がどのように受容され、社会の変容といかなる関係にあるのかを考察している。第2部(子どもの生活世界と学校)は、子どもの目線から学校の意味や価値を問い直そうとする論考である。第3部(地域コミュニティと学校)では、学校を包含する地域の視点から、学校や教師の役割を捉え直そうとするものである。収録した各章は、初等教育が中心であり、例えば高等教育や職業技術教育は含まれていない。これらの分野を軽んじているわけではなく、これまでの日本人研究者の大半が初中等教育を専門領域とするためである。
本書は、教育に限らず、ケニアをはじめとするアフリカ地域あるいは広く発展途上国に関心を持つ大学生、大学院生、国際協力に携わる方々にも参考になると思う。教育は国民国家形成の基盤であり、個人にとっても自己実現へ向けての礎になるものである。教育というレンズを通して社会を見ると、ぼんやりとしか見えなかったものがその背景とともに鮮明に浮き上がってくることがある。読み始めていただくのは、個々の関心に応じて、どの章からでもよい。
日本以外の特定の国の教育、それもアフリカの1か国について、本書のような編著の出版というのは、相当珍しいのではないだろうか。単著では味わえないアフリカ教育研究のダイナミズム、さらに人びとの生活の中での学校教育への期待や情熱を感じていただき、本書を手にとっていただいた方々の将来の研究や実践活動の一助になれば幸甚である。
(…後略…)