目次
はじめに
Message
第1部 ベルリンのインクルーシブ教育と余暇・スポーツ
第1章 首都ベルリンの教育システムと地域特性
1.ドイツにおける特別な教育的ニーズと支援
2.ベルリンの学校における特別な教育的ニーズ
第2章 移民・貧困地区におけるヴェッディング基礎学校の実践
1.ヴェッディング基礎学校の地域特性と多様なニーズ
2.多様な困難・ニーズへの取り組みと支援体制
3.多国籍の保護者の支援と共同プロジェクト
4.ドイツ語支援と算数支援の授業実践
5.文化的マイノリティと学習困難への総合的支援
第3章 フレーミング基礎学校のインクルーシブ教育
1.インクルーシブ校としてのフレーミング基礎学校
2.週計画と授業における個別支援
3.プロジェクト学習による学年全体の取り組み
4.“全ての者の学校”を目指す多層的で柔軟な支援体制
第4章 フレーミング基礎学校のスポーツ活動
1.インクルーシブ体育・スポーツの研究動向
2.ベルリン市州におけるスポーツ(Sport)に関する規定
3.フレーミング基礎学校とスポーツ(Sport)
4.スポーツ授業の実際
5.体育からスポーツへの転換とインクルーシブ・スポーツ授業
第5章 ベルリンにおける障害者の地域スポーツ活動
1.地域における障害者のスポーツ参加の意味
2.ドイツにおける障害者のスポーツ活動
3.ベルリン市州のスポーツ参加動向
4.社会環境の形成とスポーツ参加
第6章 ベルリンにおける地域スポーツの実践86
1.連合スポーツクラブ・ハンディキャップベルリンSGH-Berlin
2.車いすバスケットボールクラブ部門の多面的活動
3.プロバスケットボールクラブ車いす部門・アルバベルリン
4.障害者の地域スポーツ実践(スポーツクラブ)
第7章 ドナースマークの生活・就労支援と余暇実践
1.福祉施設の総合的支援機能
2.余暇支援と支援拠点の運営
3.余暇活動支援を中心にした地域関係
第2部 地方・小規模地域の教育と余暇・スポーツ支援─ニーダーザクセン州から
第8章 ニーダーザクセン州の教育システムと地域特性
1.ニーダーザクセン州の特徴と教育制度の概要
2.ニーダーザクセン州における特別支援学校と統合・共同教育
第9章 リンデン特別支援学校の実践と共同教育
1.リンデン学校の概要とカリキュラム特性
2.リンデン学校の教育実践
3.地域支援とセンターとしての機能
4.リンデン学校を拠点とする多様な地域支援の可能性
第10章 リンデン学校のスポーツ授業
1.リンデン学校のスポーツ授業
2.リンデン学校で行われている交流スポーツ授業
3.基礎学校における共同スポーツ授業
第11章 ローテンブルガー・ヴェルケの余暇・スポーツ支援
1.学校と福祉の連携による余暇・スポーツ支援
2.ヴェルケによる余暇支援
3.地域のスポーツクラブ「シュパス・ブス」
4.ローテンブルク市における福祉・余暇・スポーツと学校
第12章 ヤーヌシュ・コルチャック特別支援学校の教育
1.特別支援学校の教育支援
2.学校の運営
3.授業の実際
4.今後の動向
第13章 特別支援学校と職業学校の就労移行支援
1.ヤーヌシュ・コルチャック特別支援学校の移行支援における「生徒企業」の取り組み
2.キビナン教育センターにおける相談システムと就労支援
3.特別支援教育と就労支援
第14章 移行期におけるスポーツの支援
1.ヤーヌシュ・コルチャック特別支援学校
2.キビナン職業学校におけるスポーツ活動
3.就労移行支援とスポーツ
第15章 クラインメッケルゼン村の地域スポーツ活動
1.クラインメッケルゼン村におけるスポーツクラブの活動から
2.スポーツクラブの活動
終章 ドイツにおける障害児者の教育と余暇・スポーツ
1.人を中心にした教育と社会的支援の考え方
2.インクルーシブ教育と体育・スポーツ
3.教育と地域システム
4.余暇と生活・就労支援
あとがき
引用・参考文献
索引
著者略歴
前書きなど
はじめに
1996年4月のある日曜日、ドイツ・ベルリン自由大学に客員研究員として家族とともに長期滞在していた私(安井)は、紹介された「統合運動の集い(Bewegung Integrale)」に参加した。これは、月に一回、日曜日に市内の体育館を借りて、老いも若きも、障害の有無にかかわらず、スポーツを体験してみようという新しいイベントのオープニングであった。車いすバスケットボール、シッティングバレーボール、車いすダンスなど毎月替わる様々な種目と自由遊びの企画が斬新で実におもしろく、当時2歳になろうとする娘とともに、楽しく一日を過ごすことができたのだった。
それから9年後の2005年。再度ベルリン自由大学に長期滞在する機会を得た私を驚かせたのは、9年前に始まったあの活動が、今では市内各地のクラブ活動に発展し、毎週開かれるようになっていたことであった。ゆっくりと、しかし確実に進む社会的インクルージョン。その変化の背景、奥底にあるものを伝えたいと思った。
もう一つ、日本と同様分離型の教育システムを基本としてきたドイツは、北欧や北米などのいわゆる“インクルージョンの進んだ国々”に比べ、特別な教育的ニーズのある子どもたちの教育については、すっかり取り残されたという印象があった。しかし実際に教育現場に足を踏み入れると、そこには脈々と続く、高度な教育技術、新たな教育方法の追求、そして新しい制度や価値観の狭間で揺れ動く教育関係者の姿があった。本書の意図は、単に“すばらしいドイツ”の取り組みを、紹介するということではない。むしろ制度の狭間でもがきつつ、試行錯誤が続く学校や福祉現場の中にあって、きらりと光る実践や取り組み事例を伝えるというところにある。
さて、長期滞在しながら学校と福祉機関、スポーツクラブにおける障害児者の支援を調査していた安井のもとに、共著者となる千賀と山本が調査に訪れた。千賀は幼少時代ドイツで過ごすとともに、高校でドイツに留学し、専門とする教育学の視点とともに、いわば当事者としてドイツの教育に関わってきた経験を持っていた。また山本は、日本の地域スポーツのモデルとして導入が進みつつある総合型地域スポーツクラブのモデルとなっているドイツの地域スポーツに興味を持っていた。それぞれ別な分野から同じ地域の調査を進めることで、これまでにない視点からドイツの取り組みを見ることができるのではないかということで、生まれたのが本書の企画である。
なお本書は、サブタイトルとして「ドイツの」とはなっているが、ドイツ全体の取り組みを紹介するものではない。ご存じの通りドイツは、州によってその教育や福祉の制度が大きく異なっており、全体を把握するということはきわめて困難である。日本に比べ各自治体の独立性が強いドイツでは、日本の小学校にあたる基礎学校一つとっても、ベルリン市州とブランデンブルク州は6年制なのに対し、その他の州では4年制となっているなど、州ごとに大きな違いがあるからである。
従って本書で扱うのは、特にドイツ国内でもインクルージョンに関し、比較的早くから取り組みを行ってきたベルリン市州と、分離教育制度を基本としながら、様々な方法を模索してきた農業・酪農地域・小規模地域の多いニーダーザクセン州の取り組みである。そして、それぞれの地域における障害児者の教育と余暇・スポーツを象徴的な事例を通して総合的・連続的にとらえようとするものである。
本書のまとめをしていた5月末、ドイツ・ニーダーザクセン州が2012年5月23日の議会で、インクルージョン教育の体制を取ることを正式に決定したとの報が届いた。日本と同様、基本的に分離教育の制度を続けてきたドイツ各州が、インクルージョンのシステムに、シフトしている。世界的な趨勢を見るまでもなく、「地域における自立生活支援」に舵を切った日本でも、まもなく大きなうねりの中で、教育を含めたインクルージョン環境の実現に向けた社会づくりが始まるであろう。そのような時期にあって、まさにその転換期を進むドイツの取り組み事例は、私たちに様々な示唆を与えてくれるのではないだろうか。
2012年6月22日 著者代表 安井友康