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「辺境」からはじまる―東京/東北論―

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詳しい情報
読み: 「ヘンキョウ」 カラ ハジマル : トウキョウ/トウホク ロン
出版社: 明石書店
単行本: 364 ページ
ISBN-10: 4750335886  ISBN-13: 9784750335889  [この本のウィジェットを作る]
NDC(9) : 369.31

紹介

米、鉄、人材、電力……。これまで東北は、東京の欲望を叶える工場であり続けてきた。それは実際、東北に何をもたらしたのか。また3・11により、そうしたシステムの限界が露呈したとするなら、「辺境」たる東北はどこに展望を見出すべきか。徹底的に考える。

目次

まえがき(小熊英二)

I 東京/東北の過去と現在

第1章 東京の震災論/東北の震災論――福島第一原発事故をめぐって(山下祐介)
 1 2011年初夏、東京で
 2 東日本大震災・福島第一原発事故をめぐる東京と東北
 3 地方を蝕む疑似原発群
 4 もう一つの疑似原発としての東京、あるいは疑似東京としての原発

第2章 全村避難を余儀なくされた村に〈生きる〉時間と風景の盛衰(佐藤彰彦)
 はじめに
 1 〈ヨジソウ〉から〈ゴジソウ〉へ
  村民が口にする〈ヨジソウ〉と住民参加
  5次総の策定過程で遭遇した出来事
  5次総がめざしたもの
  〈までい〉に込められたもの
 2 〈生きること〉の表象として彩られた風景
  Iターン者からみた村の暮らし
  地域の暮らしと〈しごと〉
 3 暮らしと政治・行政の交錯
 4 〈村〉の暮らしと〈都会〉の暮らし
  減農薬の実践的研究
  人の姿のない田んぼが意味するもの
  〈自慢〉の米を〈不満〉の米に変える流通過程
 5 原発事故が村から奪ったものと村に生んだもの
  奪われたかけがえのない唯一無二の暮らし
  「公共マナーの遵守」が意味するもの
  国の対応への疑念
  村の人たちの暮らしを脅かす避難生活
  民主主義の存在しない村への変貌
 6 〈東北〉に、〈地方〉に想いを馳せる

第3章 再帰する優生思想(本多創史)
 はじめに
 1 放射能汚染という事態
  その衝撃
  健康確保の行動へ
  要約
 2 「安心」とは何か――日本産婦人科医会
 3 生むか否かという「苦悩」

第4章 〈災間〉の思考――繰り返す3・11の日付のために(仁平典宏)
 はじめに
  〈災間〉を生きる
  〈災前〉の思考と〈災間〉の思考
 1 収縮する「溜め」
  東北の位置
  障害者と「溜め」のある空間
 2 3・11とNPO・ボランティア
  「溜め」を作り出す市民セクター
  ボランティアはなぜ少なかったのか
  贈与経済の二重構造
  〈災間〉期における市民セクターの課題
 3 「よいとり」の社会空間に向けて

第5章 「大きなまちづくり」の後で――釜石の「復興」に向けて(大堀研)
 はじめに
 1 高炉閉鎖と「転機に立つ釜石」
  高炉閉鎖のインパクト
  特集「転機に立つ釜石」の基底
  「市民によるまちづくり」の萌芽
 2 高炉閉鎖後の釜石
  3つの大型公共事業
  誘致企業と新日鐵
  「市民のまちづくり」の行方
 3 震災後の「復興」の方向性
  公共事業と大企業を中心とする復興
  市民の声
  「大きなまちづくり」の後は
 おわりに

第6章 核燃・原子力論の周辺から描く東京/青森/六ヶ所(小山田和代)
 1 3度目の岐路
 2 東京/青森/六ヶ所
  福島第一原子力発電所事故以後の東京/青森
 3 東京/青森の狭間
 4 〈開発・核燃以前の〉六ヶ所/〈今の〉六ヶ所
  今の六ヶ所村の様子
  六ヶ所村とむつ小川原開発計画
  開発・核燃――学校
  開発・核燃――女
5 エネルギーのふるさとを紐解けば

第7章 多様な生業戦略のひとつとしての再生可能エネルギーの可能性――岩手県葛巻町の取り組みを手がかりに(茅野恒秀)
 1 農山漁村に本来的に備わる多様な生業戦略
 2 地域社会の構造変動とリスクの集中をもたらした原子力エネルギー
 3 エネルギー政策の大局的転換
 4 東北に広がる再生可能エネルギー
 5 再生可能エネルギー先進地――葛巻町の取り組み
  再生可能エネルギーの基盤となった第一次産業中心のまちづくり
  再生可能エネルギーへ
  再生可能エネルギー先進地が示す課題
 6 地域に真の利益が落ちる再生可能エネルギー事業へ

第8章 〈飢餓〉をめぐる東京/東北(山内明美)
 はじめに――〈飢餓〉のはじまりに
 1 古くて新しい土地
 2 近代日本の〈稲作ナショナリズム〉
 3 米騒動とアジア
 4 植民地と東北
 5 国有化されるコメ
 6 遍在する〈東北〉
 7 稗の村と文化の闘争
 むすびにかえて――東京なき時代


II 東京/東北の未来へ――赤坂憲雄×小熊英二 対談

 東京/東北の社会構造
 繰り返される公共事業、自立性なきエネルギー構想
 展望なき原子力村
 集中投資というリスク
 潟に戻すという思想
 ノスタルジーからのシフト
 リスク分散、自立、自己革新
 一次産業を奪われた土地の生存戦略
 福島の未来/日本の未来


 あとがき(赤坂憲雄)

前書きなど

まえがき

 2011年3月11日の震災と原発事故のあと、人間関係の流動化を体験した人は少なくない。学問や物書きの世界もそうで、これまで出会ったことのない人、しばらく会っていなかった人と、縁を持つことになった。
 そしてそれぞれの場で、震災と原発事故が露呈した問題を、なんとか考察しようという試みが始まった。この本もその一つである。
 ことのおこりは、2011年4月19日、東京・新宿の喫茶店で開かれた会合である。山形から東京の大学に転出したばかりの赤坂憲雄氏と、故郷の宮城県南三陸町が被災した山内明美氏が、主催したものだった。東北ゆかりの若手研究者を集め、何かをやりたい、という趣旨だった。具体的に何をやるということではなく、何かせずにはいられないということだったと思う。
 赤坂氏は、その後に政府の復興構想会議の委員になるが、まだその辞令は出ていなかった。私は赤坂氏とは、近年あまり会っていなかったが、25年前から関係があり、山内氏とも10年来の関係だった。そのため、東北に縁があったわけではないが、参加することにした。
 喫茶店の広くはない談話室に、15人ほどが集まったその会は、緊迫感にあふれていた。福島をはじめ、被災地から来た数人の大学院生は話しながら泣いた。赤坂氏も「最近涙もろくなってね」と言いつつ涙を流した。
 かねてから「東北学」を唱えてきた赤坂氏は、東北の隅ずみを歩き、被災地もくまなく知っている。知人も多い。会合の直前には、福島県南相馬市の野馬追の祭りを絶やさぬよう、知人の現地学芸員の案内で、警戒区域内の神社まで行っていた。彼の脳裏には、東北の風景、人々、歴史が、こうした破綻をむかえたなかで、かけめぐったのだと思う。同席した人々も同様だったろう。
 とりあえず会合は、若手研究者の報告を順番に聞いていくということだけ決めて、解散した。その後、山内氏が大学院に在籍する一橋大学を場所として、赤坂氏と私がコメント役になり、ほぼ毎月報告会が開かれた。それをもとに、報告者たちが書いた論文をまとめたのが、本書である。
 収録されている論文は、それぞれの調査と研究の蓄積にもとづいているが、共通した問題意識がある。それは、「東京」と「東北」、「中央」と「辺境」の関係に象徴される近代日本、現代社会のありように対する問いかけと、それを変えようとする模索である。
 もちろん、ここでいう「東京」も「東北」も、「中央」も「辺境」も、実体ではない。それはある関係のなかで作られた概念である。逆にいえば、問われるべきはその関係である。それゆえ「辺境」の問題は、地理的な意味での「東京」にも存在する。
 たとえば、私の両親が住む東京都八王子市は、繊維産業と甲州街道の宿場町として栄えてきたが、産業と交通の転換のなかで衰退が著しい。1980年代には駅周辺に6つあったデパートが2012年初頭には全部なくなり、両親が住んでいる新興住宅地は75歳以上が45パーセントを占めている。いまや八王子の最大の産業は、高尾山の観光だ。
 そして八王子の行政が希望を託しているのは、その高尾山周辺を破壊することが危惧されている、圏央道の建設とショッピングセンターの誘致である。私が現在住んでいる東京都世田谷区の下北沢は、演劇と音楽で知られる「東京の若者の街」だが、そこでさえ街の半分を事実上破壊する大型道路建設計画が進行中で、反対運動が行われている。
 社会の変化にともなう「衰退」と、それを無意味な巨大開発で補おうとすることに象徴される、関係と問題のありようは、決して東北だけのものではない。それは現代日本に共通したものである。
 「辺境」が存在しないように、「東京」も存在しない。われわれはすべて、「辺境」に住んでいる。「辺境」からはじめるとは、幻想の中央にむかって憐れみを乞うことでもなければ、遠くの誰かの災害を思いやることでもない。それは、自分の足元から、現代を問うことにほかならない。

   小熊英二
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