目次
はじめに
日帝の朝鮮慣習調査事業活動と植民地法の認識(李昇一)
I.はじめに
II.近代日本政府の民事慣例調査事業
III.大韓帝国法典調査局の慣習調査事業
IV.朝鮮総督府の植民地法の制定と朝鮮の慣習
V.朝鮮民事令第11条「慣習」と法認化
VI.おわりに
1910年代~1930年代初における京城神社と地域社会の関係──京城神社運営および朝鮮人との関係を中心に(金大鎬)
I.はじめに
II.京城神社の初期的様態──南山大神宮の設立と京城の招魂祭
III.1910年代~1920年代前半における京城神社の運営と氏子組織の結成
IV.1920年代半ば~1930年代初における京城神社の拡張と朝鮮人の包摂
V.結び
経済成長論の「人力開発」認識批判(鄭昞旭)
I.1994年韓国歴史学界の討論会──問題の所在
II.人力開発論の変化──安秉直を中心に
III.単線的起源論の問題点──エッカートを中心に
IV.最近の批判から──「自己開発」の問題点と代案の摸索
「経済成長論」の植民地認識に対する批判的検討(文暎周)
I.はじめに
II.経済成長と文明論
III.植民地の現実の両面
IV.おわりに
経済成長論の歴史像の淵源と矛盾する近現代史認識(鄭泰憲)
I.はじめに──近代主義歴史認識と植民史学の親縁性
II.資本主義と植民地資本主義の違い
III.経済成長論の植民地像の「近代文明論」──国家認識の欠如
IV.経済成長論の虚構の大韓民国「正統論」──国家論の突出
V.結び
生活水準向上論批判──生活と経験のない生活水準議論の限界(許英蘭)
I.はじめに
II.生活水準向上論の含意
III.生活水準比較のマクロ的基準
IV.生活水準論争
V.マクロ的推計と歴史的事実性
VI.暮らしの中の植民地経験
VII.おわりに
植民地期朝鮮人労働者の強制動員と個別企業の責任──明治鉱業(株)の事例(金旻榮)
I.はじめに
II.強制動員と企業の責任
III.明治鉱業(株)の強制動員と企業責任
IV.結び
筆者紹介
監訳者あとがき
前書きなど
監訳者あとがき
本書に収録されている7本の論文は、すべて日本の朝鮮植民地支配に関わる問題を分析対象としているが、扱うテーマによって、大きく3つに分類されるだろう。冒頭の李昇一論文と金大鎬論文は、植民地支配権力が朝鮮社会をどのように把握・再解釈しつつ取り込もうとしていたのかを、それぞれ植民地法制と神社政策の展開から実証的に分析したものである。一方、鄭昞旭論文、文暎周論文、鄭泰憲論文、許英蘭論文は、「植民地近代化論」と呼ばれる一連の研究が持つ植民地認識や研究方法に対して、全面的な批判を展開した論考である。最後の金旻榮論文は、強制動員・強制労働における日本と日本企業の責任を厳しく追及したものとなっている。これらの3つのテーマは、全体として必ずしも統一的にまとめられているわけではないが、逆に近年の韓国歴史学会における植民地期研究の動向の多様さを反映するようで、興味深い。
ここで上記論文のうち4本が批判の対象としている「植民地近代化論」について、日本の読者にはあまりなじみがないと思われるので、簡単に説明しておきたい。「植民地近代化論」とは、具体的には安秉直を中心とする研究グループが行ってきた一連の経済史研究を指している。安らの研究は、1980年代以降の韓国資本主義の発展を高く評価し、そのような経済発展の基盤を形成したルーツとして植民地時期経済に注目する、というものである。1980年代末に安のこうした主張が出されて以降、安らの研究や研究視角に対して、韓国の社会学、政治学といった分野の研究者たちが、いち早く激しい批判を行った。安らの視角が経済至上主義的であり、植民地支配そのものを結果的に肯定している、というのが主な批判である。一方で、安らの研究が多数の統計分析に基づいたものであったため、歴史学分野からの実証的な批判は、他の分野と比べてやや遅れて出てきた傾向があった。コンスタントに成果を出し続けていた「植民地近代化論」とこれに対する批判の応酬は、1990年代後半から近年にかけて、韓国の朝鮮近代史研究では大きな論争の一つであったと言える。本書の「はじめに」を執筆した鄭泰憲は、歴史研究者の中でも、いち早く安らの研究の問題点を提起した一人である。この論争を含め、戦後の韓国の朝鮮近代史研究の流れについて詳細に関心ある方は、拙稿(「植民地期朝鮮史像をめぐって――韓国の新しい研究動向――」『歴史学研究』No.868、2010年7月)を参照いただきたい。
(…後略…)