目次
はじめに
1 「だれにだって少しはADHDのようなところがある」なんて言わないで!
・ADHDの診断に要する5つの基準
2 ADHDの原因は親の育て方ではなく遺伝子にあった!
・ADHDっていったい何なの?
・ADHDの心理的・教育的療育法
3 薬でADHDは治らない。けれど強力な助っ人になる
・結局、どちらの意見が正しいの?
・必ず中枢神経刺激薬を服用しなければならないの?
・中枢神経刺激薬が効かない場合や、副作用に耐えられない場合はどうしたらいいの?
4 食生活に気をつけよう――脳と栄養素
・脳にとって重要な栄養素とは?
・ADHDのある子どもの朝食におすすめの、タンパク質が豊富な食品
5 学校で支援を受けるには――制度と手続き
・マイクのADHDが長いあいだ未診断だったのはなぜ?
6 学習のための動機付け――子どものやる気を引き出す
・子どもはどのようにして新しいスキルを習得するの?
7 レッスンプランを作ろう――効果的な指導法
・教師としての親
8 「三つ子の魂百まで」と言うけれど――感情のコントロールの教え方
・ADHDと自殺のリスクにはどんな関連性があるの?
・子どものかんしゃくをしずめ、感情のコントロールを教える方法
9 上手な問題解決法――相手の気持ちを尊重する
・問題解決スキルを教える
10 親だって生身の人間です!――セルフケアのすすめ
・大人のための憂うつ撃退法
11 一朝一夕にはいきません――よくある問題へのアドバイス
おわりに
育てにくい子が育つまで――訳者あとがきにかえて
参考図書・ウェブサイト案内
前書きなど
「育てにくい子」が育つまで―――訳者あとがきにかえて
発達障害の本を訳してみませんか、というお話をいただいたのは、わたし自身が発達障害の診断を受けて間もない頃でした。診断名は「特定不能の広汎性発達障害」。「今までよくやってこられましたね」という言葉とともに差し出された知能テストの結果を表すグラフは、ものの見事にでこぼこ。それは「何かの間違いでは?」という淡い期待を、一瞬で打ち砕くほどの強い説得力を持っていました。38歳の春のことです。ずっと感じていた周囲との違和感や正体不明な自分への戸惑いが診断名に集約され、それまでの人生がスッと一本の糸で結ばれて、急に見通しがよくなった気がしました。そして「発達障害」というキーワードを手がかりに、過去への旅路をたどることになったのです。
(…中略…)
著者は、本書の第6章で指導スタイルを3つに分類していますが、その中で効果が薄いとされるのが「叱責、脅し、罰を頻繁に用いる」指導法であり、子どもが「ますます反抗的になる」と述べています。罰や暴力で言うことをきかせようとしても、子どもの心には理不尽さだけが残ります(同じく第6章の「今年のクリスマスはなし」の話は好例です)。公正で効果的なしつけ方とは、最近よく知られるようになった「ポイントシステム」や、本書で提唱されている「タイム・スタンド・スティル」など、あらかじめルールが決まっていて、原因と結果が明確に結びつけられている手法のことです。常に一定のルールに従うようにすれば、親も子もその場の気分に左右されず、感情的な対立を防ぐことができるのです。また、「親子の不可侵条約」も健全な親子関係を保つには有効な手段でしょう。家庭のルールを決めて明文化し、家族間で「契約」を結ぶというのは、日本ではまだなじみの薄い考え方かもしれません。けれどもこれは、親子関係にあえて「契約」というやや他人行儀な仕組みをとり入れることによって、支配‐被支配の関係に安易に陥ることなく、フェアで風通しのよい関係を作り出そうとする試みなのでしょう。わたしはそのように解釈しています。
発達障害の原因が親の育て方にあるのではないことはもはや自明の理であり、議論の余地はありません。その一方で、親と子の相互作用によって親子関係が形づくられるという説も、近年盛んに唱えられています。したがって、発達障害のある子どもが成長するためには、親が子どもに働きかけるだけではなく、子どもからの働きかけも必要です。問題解決スキルをテーマとする第9章では、「仕事帰りで疲れている母親と映画に連れて行ってほしい娘」や、「友だち優先の息子とそれを寂しく思う父親」のエピソードが紹介されています。そこでとり上げられているのは、まず自他のニーズを把握し、次に相手の気持ちを尊重することによって自らの要求を円滑に通すという、かなり高度なテクニックです。これまでのレッスンの集大成ともいえるこの課題は、ステップを踏んで積み上げたスキルがあってこそ実行可能なのですが、それ以前に親子のあいだに信頼と愛情がなければ成り立ちません。「相手の気持ちを推し量って尊重する」のは、相手を大切に思っていなければできないことだからです。「愛している」と伝えることの大切さや、一日のうちわずかな時間でも親子で楽しく過ごす必要性を、モナストラ博士が強調するのはそのためです。
発達障害のある子どもの子育ては一筋縄ではいきませんし、親御さんのご苦労は察してあまりあるものがあります。必ずしもマニュアル通りにできるとはかぎらず、常に冷静に対処するのは至難の業でしょう。それでもやはり、「お母さん、お父さんに愛されている」と子どもが実感できるような家庭であってほしいと、わたしは願っています。愛された記憶はきっと生涯の財産になり、すばらしい可能性を秘めた原石がいつの日か輝く力となるはずです。幸せな親子関係が築かれることを心より祈っております。
(…後略…)