目次
序章 ジェンダー論の視点(浜本隆志)
第一章 古代の女神信仰と女性祭司たち(森貴史)
1-1 古代メソポタミアの女神信仰と「神殿娼婦」
1-2 オシリスのファルス信仰とイシス崇拝
1-3 ギリシア・ローマの地母神と豊穣の儀式
1-4 『ギルガメシュ叙事詩』が語りかけるもの
1-5 母権的シンボルの失墜
第二章 女神像のデフォルメと魔女迫害(浜本隆志)
2-1 デフォルメされる女神たち
2-2 「マグダラのマリア」の虚像と実像
2-3 聖母マリア信仰の興隆
2-4 黒いマリアの謎
2-5 魔女狩りとジェンダー
第三章 近代ヨーロッパの結婚と非婚、社会風俗(浜本隆志)
3-1 近代における上流階級の結婚(伊藤誠宏)
3-2 農村における結婚の習俗
3-3 女性の非婚・修道女
3-4 娼婦の世界
3-5 嬰児殺しの悲劇
第四章 近代メルヘンにおけるジェンダーの問題(溝井裕一)
4-1 グリム・メルヘンのなかの男と女
4-2 美しい姫――メルヘンにおける男性の「まなざし」
4-3 衣服とジェンダー
4-4 結婚というハッピーエンド
第五章 植民地における結婚と同棲(柏木治)
5-1 送り込まれた白人女性
5-2 黒人女性との結婚
5-3 『黒人法典』の効用
5-4 皮膚の色の政治学
5-5 近代人種主義のイデオロギーと「科学」
第六章 フランス革命から『ナポレオン法典』へ(伊藤誠宏)
6-1 フランス革命と女性
6-2 時代に逆行した『ナポレオン法典』の夫婦関係法
6-3 『ナポレオン法典』の見直し
6-4 今日のフランス的カップル形態、パックスを考える
終章 ヨーロッパの現代ジェンダー事情(浜本隆志)
ヨーロッパの売春の現状
結婚制度と同性婚
ヨーロッパの婚外子と少子化問題
今後の家族、パートナーとのあり方
あとがき(浜本隆志)
図版出典
執筆者紹介
前書きなど
あとがき
世はグローバル化時代であるので、情報は瞬時にインターネットで世界各地に伝播する。最近のチュニジア、エジプトの政変も、携帯電話やパソコン文化と密接にかかわっているといわれている。しかし慣習や習俗については、容易にグローバル化や画一化せず、ローカルな部分を多く残すという特徴をもつ。とくに食文化のタブーやイスラームのヴェール問題がそうであるが、ジェンダーの問題にも同様、各国、各地で異なる位相が存在する。結婚観は伝統や地域性と深く結びついているので、差がきわめて大きいからである。その一例として、本書が対象としたヨーロッパのジェンダー論も、日本と比較するとグローバル化とはかなり異質な傾向を示していることがわかる。
われわれ執筆者は、何年か大学でジェンダー文化論を担当してきた。とくに文学部では女子学生が多いせいか、毎年、二〇〇名程度の受講生がいる。学生たちはフランスのパックスや、スウェーデンなどの婚外子の話を聞くと、大きな関心を示してくれる。本書はその際の講義ノートを整理してまとめ、出版したものであるが、本文中で展開したように、女性観、結婚観の歴史的経緯のみならず、現代の新しいヨーロッパのジェンダー事情についても触れてみた。たしかに五人の執筆者の合作であるが、討論を重ね可能な限り、統一性、整合性をはかったつもりである。
あるとき女子学生から、家族内における授業をめぐる話を聞いた。彼女の家庭はいまどき珍しい三世代同居で、親、子、孫間のコミュニケーションの様子がうかがえるが、そのやりとりはこうである。授業で聞いた同性婚、婚外子、パックスを「おばあちゃん」に話をすると、「とんでもないことだねえ」と顔をしかめる。そして母親と祖母は「いまどきの大学は何を教えているのかわからない」と愚痴をこぼしあう。「内の家では子ども手当は関係ないし、その財源がないので消費税議論とは迷惑な話だ」という尾ひれもついてくる。ここに日本の若い世代との高齢者の大きな世代間ギャップの縮図が読み取れる。少子高齢化の問題は、日本の命運がかかった重要課題であるが、それがあまり切実に自覚されていない状況も漏れ伝わってくる。
この祖母と母親のやり取りを聞いた女子学生が、ヨーロッパではスウェーデンは消費税が二五%、婚外子も差別がなく、フランスの子ども手当てのことを話すと、「ふーん、そんな風になっているの、いままで何も知らなかったが、違う国があるものだ」と、しだいに関心を示してくれるようになったという。誰しもこれまで培ってきた自分の価値観によって判断するものであるが、そこに新しい知見を加えるならば、考えが変化するものであることがわかる。授業でもいろいろな反応が見受けられ、肯定するもの、否定するものなど、多様であるが、立場がどうであれ、白紙であった自分にジェンダーのことを考えるきっかけになったという感想が一番多い。その意見を知ることは、われわれにとってたいへん意義深いことである。
本書は日本とは歴史的、文化的、宗教的基盤が違うヨーロッパのジェンダー問題を展開したものである。しかしわれわれは、ヨーロッパの動向をそのまま日本に導入すべきだとは思わないし、ヨーロッパ文化を絶対化して見習う必要もない。ただ他国の文化を知って、日本の保守的なジェンダーの立場を比較しながら、今後の日本の、あるいは自分のスタンスを確立する資料として、利用していただければ幸甚である。比較文化論という視点から、本書の問題提起が新しい議論のきっかけになるならば、執筆の目的はじゅうぶん適えられたことになる。
(…後略…)