目次
ADHDコーチング
これまでの歩みと今後(スー・サスマン、教育学修士・MCC)
ADHDコーチングの方向づけ
パートI コーチング入門
第1章 ADHDのある学生にとってなぜ大学は難しいのか?
第2章 コーチングとは何か?
第3章 ADHDのある大学生に対するコーチング
第4章 コーチング――具体的な活動の開始
パートII 問題への対処
第5章 日常生活のスキル――ADHDのある大学生にとっての問題
・時間管理の改善
・日課や一定の行動様式、よい習慣を確立する
・講義に遅刻しない
・学習
・物事を覚えておく
・洗濯する
・運動
・規則的に食事をする
・起床と就寝
・就寝
・薬の服用
第6章 ソーシャルスキル――ADHDのある大学生にとっての問題
・友人をつくる
・友人関係を維持する
・ルームメイトとうまく付き合う
・集団の場面にうまく対処する
・恋愛関係でバランスをとる
第7章 学習スキル――ADHDのある大学生にとっての問題
・時間割を組む
・授業に集中してノートを取る
・時間のかかる課題をやり遂げる
・プランニングと優先順位づけ
・意思決定と問題解決
第8章 個人的問題への対処スキル――ADHDのある大学生にとっての問題
・自分への否定的な語りかけ
・ストレス対策
・現実的な目標を立てる
・セルフ・モニタリング
・自己意識を身につける
パートIII まとめ
第9章 コーチング――その利点と限界
パートIV 資料
監訳者あとがき
前書きなど
監訳者あとがき
本書の特徴は、ヒューマンサポートの新たなアプローチとしてコーチング技法を巧みに用い、ADHDをはじめ、発達上の困難さで苦戦している学生の自立支援策を提示することにあります。この点で、青年期・成人期における発達障害のある学生の支援に携わる専門家、当事者を含む学生、家族、教職員など、大人としての社会への巣立ちの時期に関与するいずれの方々にも、示唆に富むヒントが散りばめられています。生きる知恵として語られるヒントから、学生自身も周囲の人々も、その可能性を、改めて知ることができるはずです。
本書を読まれる前に、コーチングについての基本的なことを学ばれると、その理解は一層深まるでしょう。また、はじめて本書でコーチングを知り、学ばれることも有益でしょう。米国では発達障害のある学生に対する専門的コーチは、コーチングの専門家である前に、学生支援の専門家としての資質を問われる存在です。彼らは、高等教育段階にある学生の特別支援の担い手であり、専門的な教育研究環境の中で、援助者のひとりとして支援に参画できる能力を身につけます。併せて、コーチングの訓練も受け、支援チームの一員として、必要に応じてサービスを提供します。学生がより長期のサービスを求める場合は、個別に応じることもありますが、公的サービスの範囲を超えると私的な契約となります。このような背景を踏まえ、本書の執筆者はいずれも発達に困難さのある学生のよき理解者で支援者といえます。志を同じくする多くの方々にとっては、本書はコーチングという視点から普段の支援をふりかえり、そのアプローチを確かなものとする気づきを与えてくれます。
さて、本書の著書、クイン、レイティ、メイトランドはいずれも、米国における発達障害のある学生支援に、それぞれの専門性を活かして深くかかわってきた第一線の支援者です。今回、本書の訳出を強く推薦してくれたのは、現在AHEAD(米国高等教育と障害会議)の学会誌、Journal of Postsecondary Education and Disabilityの編集委員長でもある、パーカー博士でした。彼は、インディアナポリスにあるChildren's Resource Group(児童精神医学のクリニック)での支援にも従事しています。我々が文部科学省の科学研究費補助金によるプロジェクトを進めていた折、協同研究者としてADHDコーチングの手ほどきをして頂いたことが訳出の契機となりました。AHEADでは、高橋が著者のひとりであるレイティと直接会い、その精力的な活動に触れる機会もありました。その後、篠田はインフォーマルな支援を継続する中で、また高橋は学生支援GP(文部科学省の助成による学生支援プロジェクト)によるフォーマルな支援を展開する中で、実証的かつ実践的な支援のあり方を求め、パーカー博士と意見の交換を続けてきました。米国での支援は、日本に比べ、すでに20年以上の長い歴史がありますが、支援サービスの体系化を経て、支援のあり方を再検討する時期にきているようです。我々も、最近米国の大学の障害学生におけるスティグマ(社会的偏見につながる望ましくない属性)についての討論に参画する機会があり、障害認定の必要な支援を前提とすることには、支援される側にもする側にも葛藤のあることが理解されました。この点は、発達障害児・者への支援の背景となる法制度が、理解と支援の必要性を説いた理念法を有する日本での障害受容の議論とは異なる点ともいえます。
本書の背景には、米国での発達障害のある学生に対する支援が、すでに人権法としての成熟した法制度に規定されている中での支援であることを理解しておく必要があります。パートIでは、主にADHDのある学生へのコーチングによる支援の果たす役割がわかりやすく解説されています。パートIIは、実際の支援の課題が、日常生活面、対人関係面、学習面、情緒面などの各論として具体的に語られています。コーチと学生のやりとりには、まさに学生がセルフマネジメントに主体的にかかわっていくよう、その成長を見守り促す姿勢をみてとることができます。パートIIIは、コーチングの長所のみならずその限界についても明示され、包括的な支援の中で、その1つのピースとしてのコーチングの果たす役割が過不足なく語られています。
これまで、監訳者である篠田は、ピアサポーターとしてのメンター学生とチーム支援を進めるうえで、また高橋は支援のコーディネーターあるいはカウンセラーが行う支援において、コーチングの要素を取り入れた支援の検討を進めてきました。本書は、発達障害のある学生へのコーチングの適用の実際を解説していますが、コーチングそれ自体のトレーニングを解説したものではありません。日本では、発達障害のある学生へのコーチングについて、米国で行われているような専門的トレーニングの機会はないのが現状であろうと思います。しかしながら、コーチングのトレーニングを実施している機関でコーチとして専門的な力を身につけることは可能です。実際に、個人的な契約を交わし、コーチングを適用するには、そのトレーニングを受け、コーチとしての力量を確かなものとする必要があります。一方、本書で紹介された具体的な支援のアイディアは、いずれの支援者においても部分的に取り入れ工夫して活用することが可能でしょう。
(…後略…)