目次
まえがき──複数の現代フランス
フランス基礎データ
I 社会
第1章 若者――概念の誕生と発展
第2章 郊外――フランス社会変容を映し出す鏡
第3章 移民――「社会的統合」をめぐって
第4章 人種差別――人は尊厳をもって生きたい
第5章 売春――行為自体は違法にあらず
第6章 ピル――産みたいときに産む
第7章 パックス――もう一つのカップル形態
第8章 文法的性とジェンダー・アイデンティティ――男と女の間には……
第9章 結社(非営利団体)――共和国の「敵」から「パートナー」へ
第10章 管理職(カードル)――ストレスが多い独自の中間層
第11章 新聞・放送・メディア――メディアは「市民」の代表か
第12章 精神分析――心の治療と探究
第13章 年金――「豊かな老後」のゆくえ
第14章 社会保障――揺らぐ「自律」、変容する「連帯」
II 教育・文化・スポーツ
第15章 マンガ――9番目の芸術
第16章 ワイン伝統と品質
第17章 文明と文――――化フランス文明? ドイツ文化?
第18章 クレオール――奴隷制プランテーションが遺したもの
第19章 学校――寛容と排除の微妙なバランス
第20章 グランゼコール――国家エリートの養成
第21章 グラン・プロジェ――「大統領の工事現場」
第22章 地域言語――多言語国家フランスの諸相
第23章 「文学」――ブンガクなくしてフランスなし
第24章 モード――フランス、パリのアイデンティティを映し出す鏡
第25章 音楽――フランスはワールドだ!
第26章 スポーツ――楽しむため、「平等」のためのスポーツ
III 経済・産業
第27章 農業――フランスは農業大国か
第28章 銀行――変貌を続ける金融業
第29章 35時間労働――労働時間の短縮と新しい生き方の模索
第30章 失業――失業対策の無力
第31章 ユーロ――単一通貨はEUの強みか、弱点か
第32章 租税――「消費税の母国」は今
第33章 先端産業――フランスは技術後進国か
第34章 情報通信技術――国家の威信をかけた情報化
第35章 グローバリゼーション――「もう一つ」の世界を求める市民たち
第36章 中小企業――産業を支え地域のアイデンティティの確立にも寄与
第37章 公共部門と民営化――「混合経済」から新自由主義へ進むのか
IV 法・法律
第38章 共和国――自由・平等・友愛
第39章 憲法――大統領制と議院内閣制のはざまで
第40章 人権――人間とは何か、市民とは何か
第41章 ライシテ――信仰の自由はどう守られるべきか
第42章 パリテ――男女同数をめざすフランス社会
第43章 国籍――門戸の広いネーション
第44章 海外県――「もう一つの脱植民地化」のゆくえ
第45章 介入する権利――人道と国家主権の相克
V 政治と外交
第46章 ヨーロッパ建設――フランスとの微妙な関係
第47章 地方分権――ジロンダンの復権
第48章 国防――「国民の軍隊」のゆくえ
第49章 左翼と右翼――市民の声を引き受けるのは誰か
第50章 文化政策国家主導の文化大国
第51章 文化的多様性――フランス特例は多様性によって救えるか
第52章 言語政――策国事としてのフランス語
第53章 フランコフォニー――フランスの対外文化政策と必ずしも一致しない論理
第54章 「国民優先」――誘惑的で危険なスローガン
第55章 コルシカ問題――コルシカ民族主義は分離主義か
第56章 選挙制度――国民主権の多様なる開花
第57章 セキュリティ――治安に矮小化される多義的な安全の概念
第58章 フランスとヨーロッパ――「ヨーロッパのリーダー」
第59章 フランスと旧植民地――悩める関係
第60章 文化外交――フランス流ソフト・パワーの展開
第61章 フランスとアメリカ――新自由主義への傾斜?
第62章 フランスと日本――奇妙な10年間
現代フランスを知るための文献・情報ガイド
前書きなど
まえがき──複数の現代フランス
(……)
本書は現代フランスを知るための62のキーワードを選び、36人のフランス研究者が分担執筆してなっている。執筆者は現代フランスへの関心を共有していながら、研究分野も、扱うトピックスもそれぞれ異なる。しかし62の記事は相互に連関して有機的全体をなしており、配列順に通読していただく必要はなく、辞書のように好きな項目からとびとびに読んでいただいてかまわない。
本書の成り立ちは、明石書店から出ているエリア・スタディーズの他の書籍と必ずしも同じではないと思われるので、その経緯についてふれ、それを踏まえて現代フランスの社会と文化について日本語で語ることの意義を考え、まえがきとしたい。
本書を執筆するうえで母体となった研究グループに、現代フランスの社会と文化についての研究を目的とし、フランス語教育に関わる教員を中心として2000年に結成された「現代フランス研究会」(Groupe d'Etudes sur la France Contemporaine : GEFCO)がある。会の世話役を務めたのは、本書の編者の三浦信孝と西山教行、それに執筆者の堀茂樹と長谷川秀樹であり、会の研究活動の一環として2002年頃、本書の出版企画が生まれ、研究会を重ねた。しかし諸般の事情からこの企画は日の目をみることなく、筐底に秘していたが、2009年に明石書店の大槻武志氏の知遇を得て、今回の出版にこぎ着けることとなった。まずもって明石書店編集部の大槻氏ならびに小林洋幸氏に感謝する次第である。
こうした事情のため、本書の初稿には何年も前にさかのぼるものもあったが、今回の出版にあたり、全面的改稿を行った。研究会の性格上、執筆者の構成は学際的だが、地域研究の専門家よりはフランス語教育に携わる教師が多数をしめている。
(…中略…)
フランスをいつから「現代フランス」と呼ぶかは、論者によって意見はまちまちだろう。フランスの歴史記述には古代・中世・近代・現代の伝統的な時代区分があるのだが、ここでは思い切って、フランス革命後を「近代フランス」、第一次大戦後を「現代フランス」と呼んでみることにする。開国・維新で西洋に遅れて文明化・近代化のスタートを切った日本が、西洋に追いつき、フランスをあこがれの眼ではなく醒めた眼で相対化するようになったのは、日本がアメリカに次ぐ世界第二の経済大国になった1980年代後のことにすぎない。それは思想的には、「ポスト近代」とか「ポストコロニアル」(植民地後)と呼ばれる、西洋近代を批判的に問い直す潮流が起こった時期と重なる。言いかえるなら、1968年の五月革命と1989年のベルリンの壁崩壊という二つの大事件のあいだで、ヨーロッパの戦後秩序は構造的に転換し、大衆消費社会状況下にあったフランスと日本の歴史のサイクルはほぼ同期化したと考えられる。
本書が扱う「現代フランス社会」とは、時間のスケールをもっとも短くとるならば、ポスト冷戦期のフランスであり、アングロサクソンないしアメリカ主導のグローバリゼーションと、超国家的ヨーロッパ統合の実験と、旧植民地からのイスラム系移民の可視化という三つの試練に直面したフランスである。1981年から14年つづいた左のミッテラン政権と、1995年から12年つづいた右のシラク政権と、そして左にも右にも失望したフランス国民が2007年、あらゆる意味で型破りなサルコジ候補に国運を託したが、混迷を深めるかにみえる現在のフランスである。
本書は36名の執筆者がしたためた複数の現代フランス論であり、個々の項目の記述のあいだには微妙なズレがあるかもしれない。読者がそこから自分なりの現代フランス像を構築してもらえるならば、編者としてこれにまさる幸いはない。
2010年10月 編者 三浦信孝/西山教行