目次
はじめに
I グアムとチャモロへのアプローチ
グアムを概観する
グアム小史
チャモロとは誰か
12月8日は「真珠湾」だけでない
忘れない「大宮島」の記憶
帰ってきてアンクル・サム
それぞれのメモリアル
急速に多文化化するグアム
植民地主義とチャモロの人々
アメリカ再統治に悩まされるチャモロの人々
II さまざまなメモリー
戦前、日本占領期、戦後の教育に尽くした女性(フランシスカ・Q.フランケス)
日本の名前をもつパラオ系グアメニアン(スゼッテ・キオシ・ネルソン)
土地返還を求める活動家(ロナルド・T.ラグァニャ)
現代のアイデンティティ教育を支える教師(クリストファー・カンダソ)
先祖への敬意をこめる彫刻家(グレッグ・パンゲリナン)
III チャモロのメモリー
チャモロの人々に伝わる神話・伝説
巨大リゾートホテル群の下に眠る遺跡
チャモロの夢をのせて航海するサイナ号
野外博物館 イナラハンの美しい文化村
チャモロの食文化とその変容
チャモロ語が響く公立学校
隣島ロタ島のチャモロの人々の想い
チャモロ語と植民地支配
おすすめチャモロ語講座
日本の読者のみなさまへ
グアムをよりよく知るための参考書籍
おわりに
前書きなど
はじめに
旅行会社の店頭に並ぶ旅行パンフレット。その中に1年中「グアム」の文字を見る事ができます。今日、1年間に約90万人の日本人がグアム旅行に出かけています。「グアム」と聞いて、多くの人は何を思い浮かべるでしょうか。青い海と白い砂のビーチ、ショッピング、ゴルフリゾート、「日本から一番近いアメリカ」といった観光にまつわる楽しく、明るいイメージでしょうか。
このグアムには、かつて「大宮島」と呼ばれる時期がありました。1941年12月8日、日本は真珠湾攻撃から約5時間後にアメリカが統治していたグアムを攻撃し、31ヵ月間占領したのです。その後、アメリカ軍は1944年6月21日に再上陸を開始し、8月11日まで激しい戦闘が続きました。この間に約1万8000人の日本兵が、戦闘や自決で命を落としたと言われています。その後もゲリラ戦が続きました。壮絶な闘いの中で、国家のために命を落とした日米の兵士はどのような思いだったのか、私たちは推し量ることしかできません。楽しいリゾートの島グアムに戦争の記憶があったことを、戦後生まれの日本人はほとんど知りません。
ところで、グアムを訪れた人々はチャモロ料理を食べる機会があることでしょう。チャモロとは、グアムの先住民のことです。グアムはチャモロの人々の島なのです。1521年にマゼランが上陸して以来、グアムは列強のパワーゲームに巻き込まれ、チャモロの人々はスペイン、アメリカ、そして日本に支配され続けたのです。日本占領末期には、日本軍による残酷な行為によって命を落としたチャモロの人々も数多くいました。しかし、逆境におかれながらもチャモロの人々は力強く生き続けました。
チャモロの人々の経てきた歴史や、今彼らが後世に伝えようとしている文化について、グアムを訪れる日本人観光客はどれほど知っているでしょうか。チャモロの人々は現在でも戦争中の記憶を失っていません。子どもたちにも当時何が起こったのかを教えています。しかし、そこを訪れる多くの日本人がそのことを理解していないというのは、なんとも複雑な気持ちになります。
グアムでの激戦を伝える元日本兵の手記、観光コースにはないグアムの史跡を紹介する本、グアムが観光地として発展した経緯を示した本など、素晴らしい著作がすでに出版されていて、それらから多くを学ぶ事ができます。また、観光ガイドブックには楽しい情報が満載です。そのような中で、あえてグアムについて紹介できることは何もないかもしれません。
しかし、この本ではできるだけ「チャモロの人々の声」を伝えたいと思いました。繰り返しになりますが、グアムはもともとチャモロの島です。「チャモロの島グアム」を日本の人々に伝えたいと思いました。そこで、できるだけチャモロの人々の記憶をたどり、彼らの声を掲載し、彼らの取り組みを描くようにしました。グアムを訪れる日本の人々が‘S’ワールド(Sea, Shopping, Swimming, Sightseeing, Scuba diving)だけでなく、日本とグアムの間の歴史やチャモロの人々の文化に関心をもつ契機に、この本がなれば幸いです。
本書は、原則として3〜6ページでひとつの項目が読めるよう、簡潔な記述につとめました。どうぞ興味のある項目からお読みください。文章中の他の項目と関連ある箇所についてはクロス・リファレンスでそのページを示しました。途中でそのページに跳んで読んでいただいてもかまいません。
この本は研究仲間の矢口祐人・森茂岳雄両氏と書いた『入門 ハワイ・真珠湾の記憶──もうひとつのハワイガイド』(明石書店、2007年)のシリーズです。同じく太平洋の島であり、日米の戦争に挟まれたハワイについても興味をもっていただければと思います。
中山京子