目次
『叢書グローバル・ディアスポラ』刊行にあたって
序論(駒井洋・江成幸)
第I部 ヨーロッパ・ロシア・アメリカの諸帝国からのディアスポラ
第1章 ポルトガル海洋帝国の遺産──CPLP、マラッカのポルトガル人村にみるディアスポラの諸相(長尾直洋)
第2章 スペイン帝国の興隆──一六世紀におけるインディアスへの移住(立石博高)
第3章 「海の旅」という記憶の場──一九世紀モルモン改宗移民とイギリス(井野瀬久美惠)
第4章 フランス植民地帝国と離散──帝国からフランコフォニーヘ?(平野千果子)
第5章 ロシア帝国の拡大とロシア人──ロシア人農民による移住・植民およびフロンティアの拡大(豊川浩一)
第6章 アメリカ人ディアスポラの民族性の問題(ジェンス・ウィルキンソン、有道出人[長尾直洋・上野比紗子:訳])
第II部 ユダヤ人ディアスポラの軌跡──商業都市・ホロコースト・シオニズムをめぐって
第1章 スファラディム・ユダヤ人──中世以降の歴史的変遷(関哲行)
第2章 アシュケナズィム・ユダヤ人──ディアスポラの変容(高尾千津子)
第3章 ミズラヒム・ユダヤ人──移動および移住者のその後(奥山眞知)
第III部 大量移住時代のディアスポラ──一九世紀以降を中心に
第1章 ドイツからの人間の移動(ウルリッヒ・メーワルト)
第2章 イタリアからの移民(北村暁夫)
第3章 アイルランドからの移民(山田史郎)
第4章 ハンガリー国民共同体の形成と移民のネットワーク(山本明代)
第5章 一九世紀末の「ジプシー」大移動(水谷驍)
索引
前書きなど
序論
はじめに──本巻がカバーする領域
本巻は、『ヨーロッパ・ロシア・アメリカのディアスポラ』と題されている。ヨーロッパとアメリカとは、「欧米」という言葉がしばしば使われていることからもわかるとおり、その一体性についての疑問は少ないであろう。ただしロシアについては、これを前二者と同一視できるか否かについての異論があろう。本巻は、ロシアとヨーロッパ・アメリカとが、以下で説明される帝国主義的性格と、宗派はなんであれキリスト教の多大な影響という点で共通性をもっているばかりか、たとえばピョートル一世の治世のようにロシア自身がきわめて積極的に西欧化を図ろうとした歴史をもっているため、この三者を一括することとした。
また本巻では、ユダヤ人と「ジプシー(ロマ)」とが扱われている。「ジプシー」については、ヨーロッパに限定する検討がなされているため、本巻に収録した。また、ユダヤ人のうち、スファラディムおよびアシュケナズィムの本巻への収録には問題がないが、ミズラヒムについては中東・マグリブ地域を対象とする第3巻に収録すべきだという考えもあろう。しかしながら、ユダヤ人ディアスポラを一括するほうが読者の理解に資するという点を考慮して本巻に収録することとした。
(…中略…)
おわりに
この巻では、エスニック・マイノリティの移住はもとより、覇権の拡張を背景とした人びとの移動についても広義のディアスポラと位置づけた。ヨーロッパでは近代の揺籃期から、片や追われてやむなく去る者と、片や見知らぬ地へ邁進する者とが交錯した。その結果、移住の背景やディアスポラとしてのアイデンティティ表明の程度は異なるものの、世界の広域にヨーロッパ系の移民集団が散っていった。
本書の論考が実証しているように、離散した人びとが故郷と関わる回路はさまざまである。とりわけ近代化と連動した帝国および国民国家の形成は、個々の集団のありかたに大きく影響している。また、ディアスポラは本質主義の衣をまとっているが、実際には、移民集団のアイデンティティを活性化する方向へと再構成され、変容を重ねていることも明らかになった。
人びとの移動は、コスモポリタニズムにつながるハリブリッド化の原動力となる側面と、他者の土地や文化へ浸潤し、互いの緊張と時には暴力を惹起する側面をもちあわせている。ヨーロッパの近代化は、その功罪と無縁ではない。読者は各章でディアスポラの複雑な帰結をみいだし、将来にわたる問いかけに出会うであろう。
(…後略…)