目次
『ジェンダー史叢書』刊行にあたって
はじめに(長野ひろ子)
第1部 家経済とジェンダー
第1章 日本中世社会にみる家督・家業とジェンダー(後藤みち子・菅原正子)
第2章 後期中世ドイツ都市における商家の女性労働——家族経営における役割を中心に(櫻井美幸)
第3章 近世農村の「家」経営と家族労働にみるジェンダー(長島淳子)
■コラム■
都市国家ラガシュの「女の家」(唐橋文)
酒造りと女性(義江明子)
纏足と労働(坂元ひろ子)
第2部 近代化・工業化とジェンダー
第1章 維新変革とジェンダー——女中のゆくえ、武士のゆくえ(長野ひろ子)
第2章 ドイツにおける労働者のジェンダー化——労働運動の営為を中心に(姫岡とし子)
第3章 都市化と女性労働——一九世紀後半から二〇世紀初頭のロンドンにおける労働構造にみる(松浦京子)
第4章 中国の女性労働者——工業化から社会主義政権まで(リンダ・グローブ/須藤瑞代訳)
■コラム■
女工とセクシュアリティ(加藤千香子)
近代国家と「看護婦」(高橋彩)
商家奉公人の家族形成(桜井由幾)
第3部 消費社会とジェンダー
第1章 大量消費社会の成立——消費のジェンダー化(松本悠子)
第2章 化粧品広告メディアとしての「戦時婦人雑誌」(石田あゆう)
■コラム■
モガとモボ(小檜山ルイ)
戦間期ドイツ、都市の消費文化の両義性(石井香江)
第4部 グローバル化する経済とジェンダー
第1章 経済開発政策とジェンダー——大メコン河流域経済圏の中のカンボジア(日下部京子)
第2章 国際ケア労働市場の形成——制度的・構造的観点から(安里和晃)
第3章 フランス社会とジェンダーの位相(佐藤清)
第4章 北欧福祉国家レジームと家族・労働——デンマークにおける有子家族支援政策—親休暇制度のジェンダー的課題(大塚陽子)
■コラム■
日本的雇用慣行とジェンダー(木本喜美子)
ペイ・エクイティ(森ます美)
ジェンダー予算とは何か(杉橋やよい)
前書きなど
はじめに
(…前略…)
さて、本巻は、第1部から第4部まで概ね時系列にしたがって配置しているが、研究史の蓄積を考慮しつつ近現代に比重をおいた構成となっている。また、ジェンダーの変容(構築、再構築)する時空を重点的に照射するかたちともなっている。以下、第1部から順次、所収論文ならびにコラムの簡単な紹介をしておこう。
第1部は、前近代の家経済についてジェンダーの特質を論じたものである。前近代社会における家は、近代資本主義社会とは異なり生産・所有の機能をもつ経営体であった。後藤みち子・菅原正子「日本中世社会にみる家督・家業とジェンダー」は、家内部における権力と富の掌握・独占に大きく関わる家督・家業のジェンダーを、家督相続については武家社会を、家業については公家社会を取り上げ検討している。支配階級内部において、家督・家業のジェンダーには相違がみられたことを明確にするとともに、日本中世社会が、公的にもある程度女性を含めて機能していたとの見方を示している。
(…中略…)
第2部は、近代化・工業化とジェンダーが主題である。近代国民国家の成立、工業化・資本主義経済の展開において、ジェンダーはいかに変容・構築されていくのか、日本・ドイツ・イギリス・中国について論じている。長野ひろ子「維新変革とジェンダー——女中のゆくえ、武士のゆくえ」は、明治維新という一大変革期にジェンダーが近代国家成立に向けどのように再構築されていくのか、近世の支配階級の場合を追究している。江戸の支配階級として公的・政治的空間の「表」と「奥」にそれぞれ配置されていた武士と女中が、近代国家による工業化・産業化の進行によってもたらされた職業編成の大変革によって、いかなる空間にいかなる変容を遂げて着地に至ったかを明らかにしている。
(…中略…)
第3部は、一九世紀後半以降資本主義国において成立してくる「消費社会」「消費文化」について、そのジェンダー化の内実と特質を考察している。松本悠子「大量消費社会の成立——消費のジェンダー化」は、二〇世紀初頭から一九二〇年代末までのアメリカに焦点を当て、ジェンダーという変数に階級や地域を組み合わせつつジェンダー史における「消費」について問題提起的に分析を加えている。このなかで、大量消費社会の成立過程において、「女性=消費者」であるという図式が再確認されたが、男性もまた主体として消費に関わったのであり、その結果、消費文化がジェンダー領域の再編、近代的家庭規範の浸透、農村の近代化、労働のジェンダー化などに深く関与していたことが指摘されている。
(…中略…)
第4部は、現在のグローバル化する経済社会をジェンダーの視点から捉えたものである。日下部京子「経済開発政策とジェンダー——大メコン河流域経済圏の中のカンボジア」は、カンボジアの女性労働とジェンダー関係について、政府の経済開発政策とメコン地域の経済統合政策、さらに隣国タイの経済・移民政策を射程に入れ、それらの相互連関のうえで捉えようとしている。経済成長、貧困削減、雇用創出といううたい文句のもと、零れ落ちるケア、家族、コミュニティを支える役割を負わされるのは女性であり、国境を越える財・物・労働と、越えない生活保障の責任の欠如を示唆している。
(…中略…)
以上、四部構成をとる本巻の収載論文ならびにコラムについて簡単に紹介した。もとより、人類の経済的発展の諸相を学際的なジェンダー史として解明していこうとする研究は始まったばかりである。私どもの試みが、今後の研究に幾分でも寄与できることを願っている。