目次
監訳者はしがき
日本語版への解説
謝辞
序論 (横田洋三・訳)
定義、議論、そして六つの歴史論争
人権の起源
啓蒙思想の影響と人権
人権に対する社会主義の貢献
文化的相対主義と普遍主義の確執
安全保障と人権の間の緊張関係
グローバリゼーションは人権を伸張するか
本書の構成
第1章 人権への初期の道徳律の貢献(滝澤美佐子・訳)
普遍性に関する宗教的および世俗的考え方
自由——寛容の起源
平等——経済的社会的正義の初期的概念
いかに正義を実現するか
博愛——誰のための人権か
第2章 人権と啓蒙思想——人権に関する自由かつ世俗的な観念の発展(望月康恵・訳)
古代文明から西洋の台頭へ
インド、中国、イスラム文明
西洋の台頭と啓蒙主義の遺産
信教と思想の自由
生命権
個人の財産権
国家と正戦論
誰のための人権か
第3章 産業化時代の人権——社会主義の視座からの人権の発達(吉村祥子・訳)
産業化時代
ウィーン会議から一八三〇年代の革命および一八四八年の革命へ
一八四八年の革命からパリ・コミューンまで
アメリカ南北戦争と奴隷廃止活動
権利の自由主義的な見方への挑戦
普通選挙、および経済的、社会的権利
資本主義と国家への挑戦
国家か国際機構か 政治的改革か革命か
国境を越えて——植民地主義、国家間戦争、平和主義
誰のための人権か
第4章 世界大戦——国際的な権利の制度化と自決権(望月康恵・訳)
帝国の終わり
第一次世界大戦後のナショナリズムと人権の制度化への取り組み
第二次世界大戦後における、国際人権の制度化についての新たな取り組み
自決権
第一次世界大戦前
第一次世界大戦の余波
第二次世界大戦後の反植民地闘争
人権の制度化
社会主義的な権利の促進——ボリシェビキ革命における手段と目的
国際連盟、ILO、福祉国家の出現
第二次世界大戦後——世界人権宣言
冷戦——社会的、経済的権利と市民的権利の対立
誰のための人権か
第5章 グローバル化と人権への影響(富田麻理・訳)
グローバル化と反対運動
一九六八年から一九八九年まで——新社会運動と冷戦の衰退
一九八九年の余波およびその影響
グローバル化時代における権利の定義
経済的グローバル化と労働権および発展の権利の問題
地球規模の環境問題と環境権
グローバルな移民問題と市民としての権利の問題
文化的グローバル化と文化的権利
9・11以後——安全保障対人権
戦時における市民的権利およびその他の人権
人権と安全保障の遺産
誰のための人権か
第6章 21世紀における人権の促進——闘争の変化する場(富田麻理・訳)
中世および市民社会の欠如
啓蒙運動における市民社会の誕生
産業革命における市民社会の拡大
反植民地闘争
市民社会のグローバル化か、それとも私的分野への挑戦か
グローバル化と国家
グローバル化と市民社会
グローバル化と私的分野
付録 人権に関する出来事/著作年表
参考文献
索引
前書きなど
監訳者はしがき
本書は、ミシェリン・R・イシェイ(Micheline R. Ishay)がカリフォルニア大学出版会から二〇〇四年に出版したThe History of Human Rights:From the Ancient Times to the Globalization Era と題する書物の日本語版である。本文が英文で三五五頁という大部の力作ということもあり一人では翻訳作業が大変なので、英語に堪能な若手人権専門家四人の協力を得て下訳をしてもらい、それを監訳者が全体に目を通し手を加えるという手順をとった。また、「謝辞」、「日本語版への解説」および「序論」は、監訳者が直接翻訳に当たった。
著者のイシェイ教授は、アメリカのコロラド州にあるデンバー大学の国際関係大学院の人権プログラム主任を務めている人権法の専門家である。これまでに多数の人権関係の論文を発表してきているが、編著書には、『民族主義文書集』(Nationalism Reader, 1955)、『国際主義とその裏切り』(Internationalism and Its Betrayal, 1995)、『人権関係文書集——聖書から現代までの主要な政治的文書、随想、演説、その他の文書』(共編、The Human Rights Reader: Major Political Writings, Essays, Speeches, and Documents from the Bible to the Present, 1997)などがある。
本書は、その副題(「古代からグローバリゼーションの時代まで」)にもあるように、古くはハムラビ法典や仏典、新・旧約聖書、コーランから始まって、現代の世界人権宣言や人権関係条約にいたるまでの、人類の歴史に現れた主要な人権・人道関係の文書、宗教の教え、宣言、演説、条約、国内法などの多くを取り上げ、分析している極めて幅広くかつ奥深い人権の歴史に関する研究書である。内容は、人権および人道主義を中心に据えているが、その対象と分析手法は、単に人権・人道に関する諸文書の法的ないし言葉のうえでの分析に留まるものではなく、そのような文書の内容分析からさらにそうした文書が生まれてきた政治的、経済的、社会的、歴史的、文化的、宗教的背景にまで掘り下げる、学際的な内容になっている。それだけに、関係する学問領域も広範で、主なものだけをあげても、法律学、国際法学、歴史学、政治学、政治思想(史)、哲学、宗教学、経済学、経済学説(史)、国際政治学などが含まれている。
また、一九世紀半ば頃から二〇世紀末まで、とりわけ冷戦時代を中心に、多くの学問領域の中で、学問のありかたないし方法論においてイデオロギー的に激しい対立があったマルクス主義対自由主義の論争についても、本書は正面から取り組んでおり、著者の知識と問題関心は、時間的、空間的、学問的に、いかに優れた才能を持っているとしても到底一人の人の能力の範囲とは信じられないほど幅広い。しかも、その理解は奥深く、分析は鋭い。
その意味で、本書は、人権に関する研究書の中でもとくに後世に残る金字塔的業績であり、この翻訳事業に携わる機会を与えられたことについて、まことに幸運であったと思う。ただ、このような多岐にわたる学問領域を踏まえた研究書であるため、そして扱っている主題が複雑であるため、その翻訳作業は想像以上に困難で多くの時間を要した。この作業に熱心に協力してくれた滝澤美佐子、富田麻理、望月康恵、吉村祥子の各氏に、監訳者として深く感謝したい。また、用語・表現・形式の統一を含む編集作業に加えて資料や参考文献の整理に関して、綿密な仕事を根気良く正確に行ってくれた明石書店の小川和加子氏に、心よりお礼申し上げる。
本書の上記の特徴から、翻訳は、できる限り原文に沿って正確に訳すように心がけたが、同時に、ほとんどの読者が日本語訳のみを読むと想定して、理解しやすい日本語になるよう、時には思い切った意訳を決断したところもある。この正確さと平易さというほとんど相反するとも思える要請に同時に応えることは、本書のような重厚な研究書の翻訳作業の場合決して容易なことではなかったが、最終的には、何とか責任を全うすることができたのではないかと考えている。ただ、この種の学問書の翻訳には、訳者、監修者の能力を超える部分もあり、その点で間違いや不正確な訳文、理解しにくい表現が残っていることは否めない。これはひとえに監訳者の責に帰するものである。
二〇〇八年一月二〇日 監訳者 横田洋三