目次
序章
第1節 現代イボ社会の「成り上がりの王位」
第2節 「首長」と呼ばれた権威者たちと国家
第3節 本書の構成
第1章 ナイジェリアとイボ人—民族意識の生成と伝統社会をめぐる二つの言説—
第1節 イボ社会の文化的多様性と王制
第2節 「伝統的なイボ社会」をめぐる言説の歴史的変化
第3節 調査地の概括
第2章 植民地時代における首長位の創造—二〇世紀初頭〜一九五〇年代半ば—
第1節 植民地政策からみる原住民裁判所と裁判員制度の歴史
第2節 フィールドからみた原住民裁判所と裁判員制度の展開
第3節 植民地経験を通した首長の意味づけの変化
第4節 植民地経験と首長位の創造
第3章 ポスト植民地時代における首長位の制度化—一九五〇年代半ば〜現在—
第1節 国家政策からみる首長位の変貌
第2節 イトゥにおけるエゼ制度の創造
第3節 イモ州におけるエゼ制度の展開
第4節 エゼを求める住民たちの声
第5節 国家政策を超えて
第4章 称号授与のポリティクス—首長位の称号とエゼの権威—
第1節 タイトル・ホルダーとエゼの評議会
第2節 エゼの評議会に集う人々
第3節 イチエ、ンゼの称号を手にする人々
第4節 チーフの称号を手にする人々
第5節 首長位の称号をめぐる今日の問題
第6節 称号授与のポリティクス
第5章 エゼとまち組合—自律的共同体内におけるエゼの影響力—
第1節 都市移住者とまち組合
第2節 まち組合に集う人々
第3節 エゼの評議会とまち組合の相互関係
第4節 村の数をめぐるコンフリクト
第5節 称号授与をめぐるエゼの評議会とまち組合の関係
第6節 権威構造の持続と変容
第6章 結論—首長位と変わりゆく世界—
第1節 非集権的な社会の首長位
第2節 首長位と変わりゆく世界
あとがき
引用文献
索引
前書きなど
おわりに(一部抜粋)
(…前略…)
本書は、ナイジェリアの三大民族の一つとして位置づけられているイボ人たちが「エゼ」や「チーフ」と呼んでいる権威者たちの歴史と現在を論じた民族誌である。これまでの研究者たちが植民地支配の落とし子としてよそ者扱いし続けてきた権威者たちの地位について改めて再評価し、国家に包摂された現代の政治社会的な文脈のなかで、彼ら新しい権威者たちが果たしている役割について分析した。
本書をお読みになった方々のなかには、私が描いた王位や首長位が当たり前となったイボ社会像が、「非集権制社会の代表例」として取り上げられてきた従来のイボ社会像とあまりにかけ離れており、とまどいを感じる人もいるのではないだろうか。白状するなら、私自身二〇〇〇年に長期のフィールドワークを始めるまで、ンリやオニチャの人々を除けば、王位や首長位を追い求めるイボ人たちの姿など想像もしていなかった。もともと私は植民地化以降の社会変動を国家やエスニシティとの関わりから調査するつもりであった。ただし、日本を発つ前に私が調査対象として設定していたのはエゼやチーフたちではなく、本書の第5章で取り上げたまち組合であった。
(…中略…)
王制・首長制研究はアフリカ研究のなかで主要な研究テーマの一つである。しかしそれらの研究の多くが「伝統王国」や「伝統社会」の文脈のなかでの王位や首長位について論じたもので、それと比較して近代国家と伝統王国が共存するアフリカの現状はあまり顧みられることがない。それは、アフリカ研究において伝統王国が、ヨーロッパ中心主義的な思想に対する批判を展開するうえで果たしてきた大きな役割と関わりがあるだろう。伝統王国の存在は、我々の社会とは異なる複雑な政治システムの可能性を示すものであり、諸王国の華々しい興亡の歴史は、「暗黒大陸」と呼ばれたアフリカの過去を照らす光であった。だが、その光が強ければ強いほど、足下の「今」に目がいかなくなってしまったのではないだろうか。そもそも、果たして何人の人類学者が、特定の版図のなかで唯一無二の存在として君臨する王の姿を見たことがあるのだろう。ポスト植民地主義批判のなかで論じられてきたように、人類学者は植民地支配とともにアフリカの大地を訪れたのであり、彼らが調査を始めたころにはすでに植民地国家と伝統王国による統治の二重構造が生まれていたのである。
そのため、国家政策をきっかけとして創造された新しい権威者たちを「王」や「首長」と呼ぶことの正統性を問うのであれば、同じく、国家政策をきっかけとして変化を余儀なくされた既存の権威者たちについても未だ「王」や「首長」と呼べるのかどうか、検討してみる必要があるだろう。その点を考慮すれば、エゼやチーフを「王」や「首長」と見なすイボ人たちの主張をはっきりと否定するだけの理由を、私自身は見いだすことができない。
(…後略…)