目次
日本語版に寄せて
はじめに
序 章 文化の基盤 一九世紀
第一章 帝国への併合 一九一〇〜三一年
第二章 暗い裂け目 一九三一〜四五年
第三章 苦い自由 一九四五〜四八年
第四章 最大の不幸 一九四八〜五三年
第五章 絶望の克服 一九五三〜七一年
第六章 運命の逆転 一九七一〜八〇年
第七章 それぞれの道 一九八〇〜九二年
第八章 つけの支払い 一九九二〜二〇〇〇年
終 章 朝鮮半島の新情勢 二〇〇〇〜〇六年
監訳者あとがき
年表 一九一〇年から二〇〇〇年までの主な出来事
参考文献目録
索引
前書きなど
監訳者あとがき
ひとつの国の歴史に対する視点には、見るものの史観が入らざるを得ず、またその時代ごとの背景も強く影響する。例えば韓国には初代の李承晩政権からずっと維持されてきたふたつの精神的な柱があった。ひとつは「反共産主義」であり、もうひとつは特に日本の植民地支配への批判を指す「反帝国主義」だ。私がソウルで中学、高校生活を送っていた一九八〇年代でも、こうした教育はかなり徹底的に行われていたし、新聞、テレビによる報道もそうした視点に基づくものが多かった。例えば、金大中氏が「北朝鮮から指令を受けて政府転覆を企てた」として死刑判決を受けた八〇年当時の新聞を見ると、「金大中による内乱事件」を大々的に取り上げ、「国家の敵」として扱っていた。このため、私や同世代の友人たちも金大中氏に対して否定的なイメージを長い間、持ち続けていたのだ。
しかし冷戦崩壊とともに朝鮮半島を囲む国際環境や韓国の社会環境は大きく変わり、民主化の進展とともに金大中氏は韓国政界の表舞台を歩き始めた。そして一九九八年、ついに大統領に就任した。当時、私はすでに日本に留学していたが、大統領就任のニュースを見ながら、韓国社会の変化の大きさに深い感慨を覚えたのを記憶している。
こうした個人的な体験からもわかるように、朝鮮半島史を客観的に見るということは、韓国人にとってはなかなか難しい。著者自身が「はじめに」で触れているように、「近現代の朝鮮に関する歴史叙述は今なお強い政治色を帯び、非常に感情的」だからである。それは、朝鮮半島の近現代史に深く関与した日本人にとっても同様ではないだろうか。韓国・北朝鮮について積極的に発言している重村智計早稲田大学教授も「朝鮮問題への取り組みで、もっともむずかしいのは『客観的な見方』である」(『朝鮮病と韓国病』光文社)と述べている。実際、日本の書店で韓国や北朝鮮関連の書籍を見ると、感情的に思えるものも少なくないように思える。
その点、オーストラリア人である著者は、日本による植民地支配下に入る直前から今日までの朝鮮半島の歴史を淡々と的確に記述している。そればかりでなく、民族の伝統や地理、宗教や周辺国など朝鮮半島の歴史に強い影響を与えた要因について幅広く目配りし、バランスを取った分析をしようという努力が随所から読み取れる。
植民地支配が韓国、北朝鮮に与えた影響に関する著者の分析には、若干の違和感を覚える点もなくはない。そうした記述の中には、朝鮮半島の歴史についての一般的な解釈とは異なる解釈が部分的に見受けられる。ただ、それも著者が第三者の立場で朝鮮半島の近現代史にあたっている証左なのかもしれない。そうした点については読者諸氏の議論を待ちたい。
また、著者は序章で、朝鮮半島の近代化を論じる際の着目点として「変化の大きさと連続性の大きさのどちらを強調するか」の重要性について触れ、「近現代の朝鮮を理解するには、この複雑で多面的な伝統を多少なりとも理解しなければならない」と強調している。
韓国には、政治情勢や経済発展に象徴されるようにダイナミックな変化が起きる側面がある一方で、社会的なルールや価値観の面で伝統を大事にする雰囲気も根強い。朱子学(韓国では性理学と呼ぶ)を中心とする儒教哲学については、見直される傾向が強まっている。著者は、こうした歴史、伝統に関する知識も深く、その姿勢には共感させられた。
監修作業で苦労したのは特に北朝鮮で起きた出来事の年代、時期などの確認だ。ほとんど情報が公開されていない北朝鮮史の年代は、韓国で手に入る書籍や新聞では確認できないことも少なくなかった。金日成の抗日運動時代の話やまた戦後間もない時期の反金日成勢力に関連した年代のいくつかは、中国吉林省延辺大学の孫春日教授など、中国側の研究者の論文が役立った。
また、韓国側の資料としては、韓国陸軍士官学校で教科書として使用している『現実共産主義理論と実際』や『北韓学』、また、国史編纂委員会出版の『韓国史』『北韓関係資料集』、統一部の「北韓資料センター」も多用した。また二〇〇〇年度に韓国の教育放送で放映された金容沃教授の『論語講義』、韓国文化放送で二〇〇四年度に放映された『韓国人とはなにか』も参考になった。韓国の国家記録院の資料担当者にも助けられた。
なお、底本にした原書は二〇〇二年に刊行されたものであるため、日本語版については、二〇〇〇年から二〇〇六年までの最新の朝鮮半島情勢について著者のエイドリアン・ブゾー氏に補足していただいた。
訳者である柳沢さんは、膨大な分量の翻訳にあたって、日時や人数といった細部にいたるまで資料を参照するなどして確認をとっておられ、その徹底ぶりに深い感銘を受けた。翻訳自体も朝鮮半島に関心を持つ大学生から一般の方々にとっても読みやすく、わかりやすくできていると思う。