目次
はじめに
第1部 移民政策のなかの非正規滞在者──何が問われているのか
第1章 日本の移民政策の現在
1 選別化が進む外国人労働者──非正規滞在者の排除と合法滞在者の管理強化
2 社会の構成員としての外国人とシティズンシップ──「非正規滞在」という存在形態が問いかけるもの
3 非正規滞在者の権利──社会権を中心とした諸外国との比較
第2章 諸外国における移民政策の現在
1 現代アメリカの非正規滞在者をめぐる政治的分裂と社会運動の台頭──政策対立の構図と移民運動のジレンマ
2 「受け身」の移民政策から「選別」する移民政策へ──フランスの非正規滞在者の現状
3 ドイツにおける非合法移民と国家──規制強化と基本権保障との間で
4 変貌する韓国の移民政策──その背景と移民の処遇を中心に
第2部 非正規滞在者と在留特別許可
第3章 非正規滞在者として生きる
1 それでも、今、ここで働いている!──労働現場から
2 彼女たちのストレス──妻であり、母であり、そして労働者であり
3 将来の夢を描けない!──子どもたちが抱える不安
4 非正規滞在者に対するまなざし──「外国人労働者」から「不法滞在者」へ
第4章 在留特別許可を求めて
1 非正規滞在者を支える社会運動の高まり──支援活動のこれまでと今後の課題
2 在留特別許可とA.P.F.S.──在留特別許可一斉出頭を振り返って
第5章 法務大臣の裁決が意味するもの
1 在留特別許可か退去強制か──当事者の声
2 裁決・退去強制令書に対する異議申立て──司法の現場から
3 在留特別許可における「線引き」を考える──現在の実務を材料として
むすびにかえて──残された壁を越えるために/どこへどのように向かうべきか
資料1 年表:戦後日本の外国人政策と社会変化
資料2 A.P.F.S. 20年の歩み──移住労働者とともに駆け抜けた足跡
前書きなど
はじめに
近年、日本でも「超高齢・人口減少社会」の到来を踏まえて外国人・移民政策をめぐる論議が再燃している。そうしたなかでも「非正規滞在者(irregular residents)」という言葉は、一般的にはまだあまり聞き慣れない表現かもしれない。「非正規滞在者」とは、合法的な滞在資格をもたずに主権国家の領土内に滞在する外国人を指す。行政やマスコミでは「不法滞在者(illegal residents)」と表現されることが一般的だが、「不法」というレッテルは、彼/彼女らがすべて「犯罪者」であるかのような印象を与えかねない(ちなみに、「超過滞在者(overstayers)」とは在留期間を超えて滞在する外国人を言う)。
在留の正規化、合法化を求める非正規滞在者の存在は、1990年代中頃から、日本でも徐々に社会的に注目されるようになった。当初そのほとんどは日本人の配偶者となった者の正規化要求であったが、1999年9月、法務省入国管理局に正規化を求めて一斉出頭した外国人の5家族と単身者2人の場合は、日本人との家族的つながりをまったくもたない人びとであった。出身国への退去強制のリスクを冒してまで彼/彼女たちをこうした行動に追い込んだ背景には、言うまでもなく、安定した法的資格がないまま日本での生活が長期化し、「定住化」が進んだこと、そして、非正規滞在の子どもたちが大きく成長した現実があった。
一斉出頭の結果、日本人との家族的結合をもたない外国人家族にも、部分的ではあるが、在留特別許可が出された。これはまさに画期的なことであった。その後、数次におよぶ一斉出頭が行われ、それによって入国管理局より在留特別許可の事例やガイドラインが示されるに至っている。今後は、彼/彼女らの日本での生活実態を踏まえた、より柔軟で明確な基準の提示が求められる。
こうした一連の正規化を求める外国人の一斉出頭を、一つの社会運動として一貫した姿勢で展開したのが、東京にあるA.P.F.S.(Asian People's Friendship Society)という組織である。A.P.F.S.は、日本人と外国人のスタッフ、ボランティアからなる市民団体だ。本書は、このA.P.F.S.が2007年で設立20周年を迎えるのを契機に企画された。実は1999年秋の一斉出頭とその後の経緯についてはすでに、駒井洋・渡戸一郎・山脇啓造編『超過滞在外国人と在留特別許可』(明石書店、2000年)と、A.P.F.S.編『子どもたちにアムネスティを──在留特別許可取得一斉行動の記録』(現代人文社、2002年)が刊行されている。本書は、更に今日のグローバルな共時的変化を踏まえて、合法化を求める非正規滞在者の「声」の意味、そしてこの間の一連の運動の意義を広く問い直す試みとして編まれている。
「今日のグローバルな共時的変化」とは、第一に、先進諸国を中心とする外国人・移民政策の厳格化への方向転換であり、「移民選別」と「移民管理」をより精密に行おうとする政策動向である。第二に、これに併せて進められているのが、「非正規滞在者」を犯罪者扱いし、国外に排除しようとする傾向の強化である。「国民国家の要塞化」とも言えようか。
しかし正規化を求める非正規滞在者の多くは、“社会学的事実"として、すでに当該社会の構成員としてしっかりと根づいて生活している。一定の「社会化」のプロセスと「社会関係資本」の構築を達成し、更に当該社会(そして地域や学校や職場)に帰属意識を有している場合が多い。とくに日本で幼児から生育した子どもや日本生まれの子どもたちにとって、このことは全面的に妥当する。正規/非正規の法的地位の差異を超えたこうした事実を踏まえれば、この間に進行しているのは「ナショナルなもの」の内実の変容、つまり「ポスト・ナショナルな国民社会構成」への変化だと指摘できよう。
本書は、第1部「移民政策のなかの非正規滞在者──何が問われているのか」と第2部「非正規滞在者と在留特別許可」からなる。第1部では、最新の日本と諸外国の移民政策と非正規滞在者の処遇の状況についての諸論考と報告が、第2部では、この間に一斉出頭した外国人の生き方、在留特別許可取得に向けた社会運動、そして不許可になった当事者の「声」や弁護士の立場からのコメントなどが収められている。非正規滞在者の問題を含め、外国人のシティズンシップの問題は、日本の社会ではなかなか大きな「公論」になりにくい。そうしたなかで、本書がたんなる社会的事実の記録にとどまらず、日本社会のあり方を問い直す一つの問題提起となればと、切に願う次第である。
2007年5月
編著者一同