目次
序 文
1 序 章
1 基本的認識
2 問題の所在と本書の目的
3 本書の構成と方法
2 背景的諸事項
1 ドイモイ
2 労働事情
3 労働立法史の概略
4 労働組合
3 労働条件決定システムと労働組合
1 労働契約
2 就業規則
3 労働協約
4 労働保護
5 社会保険
6 労働契約の終了
4 労働紛争解決システムと労働組合
1 経緯と概念
2 対話
3 現場での話し合い
4 基礎労働調停協議会、労働調停員
5 県級人民裁判所
6 労働仲裁協議会
7 省級人民裁判所
8 最高人民裁判所、監督審および再審
9 ストライキ
5 終 章——労使関係ルールのドイモイ
1 問題状況の総括
2 ベトナム労働組合の唯一代表性、一般的代表性に対する修正の試み
3 私見——展望と課題
註
付 録
1 事例
2 ストライキの解決の現状
主な参考文献
事項索引
人名索引
主な法規範文書等
前書きなど
序文
ご存知のとおり、ベトナムは劇的な経済発展の最中にあります。当然、市民の生活水準やスタイル、そしてその意識も大きく変わりつつあります。このような変化を先導し、あるいは後追いする形で、法制度もまた急ピッチで整備・改正・再改正されています。そして、このことは、本書で取り扱う労働分野についてもまったく同様、というよりも、とりわけ顕著であると言えます。
本書は、おもにドイモイ後のベトナムにおける労働組合の位置づけと役割を、もっぱら法的な側面から明らかにしようとするものです。ただし、なるべく広い視点から、ベトナムの労働法や労働事情の全体的な雰囲気がつかめるよう心がけて執筆しました。ベースは、筆者が2004年12月に北海道大学から学位を授与された博士論文「ベトナムの労使関係法と労働組合」です。
論文の執筆時点では「最新」に近かった内容も、その一部はすでに過去のものとなってしまいました。たとえば、労使紛争の解決手続のうち、人民裁判所が担当する部分の一部については、論文完成の直後に民事訴訟法典に取り込まれ、内容も若干変わりました。そして、本書の刊行準備を進めている2006年11月には、ストライキおよびその解決に関係する部分の改正案も国会で可決されました。この間、社会保険制度も改正されましたし、実態面──失業率、平均賃金、ストライキ発生件数など──にもそれぞれ動きが見られます。
このような、ベトナムの労働分野における急速かつ多面的な変化を把握することには、わが国においても近年、特に高い需要を感じます。本書が提供する情報にはアップ・デートが追いついていない部分もありますが、共通の関心を有する方々と「連帯」してこの分野に関する知見と理解を深めていくために、このささやかな研究成果が幾許なりとも役立つなら幸いです。
(以下、序章より抜粋)
問題の所在と本書の目的
旧労働組合法をベースとする現行労働組合法においては、社会主義的な立法スタンスと市場経済的な立法スタンスの混在が見られる。労働条件決定システムおよび労働紛争解決システムは現行労働組合法を前提として構築された。両システムの重要なアクターである労働組合とは、同法が唯一代表性および一般的代表性を規定するベトナム労働組合に他ならない。市場経済型の労使関係を規制する労使関係ルールにも現行労働組合法における上記立法スタンスの混在状況が反映されている。
したがって、この労使関係ルールを機能させるためには、その社会主義的な側面と市場経済的な側面をいかに上手く融合させるかが鍵となる。しかし、実際にはあまり成功していない。ベトナムの労使関係ルールは機能不全を起こしている。
機能不全は集団的労働紛争解決システムに顕著である。労働法典は労働者のスト権を規定し、労働組合にはこの実力闘争を組織、指導する役割が付与された。しかし、労使関係におけるベトナム労働組合の基本的役割は調整および検査であって、闘争主体となることではない。アンビバレントな役割を付与された労働組合は混乱し、身動きが取れなくなった。労働者も、そのような労働組合に多くを期待していない。結果、1995年の労働法典施行後2006年4月15日までに発生が確認された1250件のストライキのすべてが山猫ストという異常な事態が現出している。
労使関係ルールの機能不全を導いている社会主義的な立法スタンスと市場経済的な立法スタンスのミスマッチは、政治(社会主義)と実社会(市場経済)のミスマッチが労働法制において顕在化したものに他ならない。この顕在化、すなわち労使関係ルールの機能不全が、政治−社会組織として政治(党)と実社会(労働者)を取り結ぶベトナム労働組合との関連において集中的に発生しているわけである。したがって、問題の根は深い。
社会主義ベトナムにおける市場経済の導入自体の是非や問題点は、筆者の手に余るテーマである。しかし、上記の問題状況を認識した上であれば、労使関係ルールの範囲内に限定してその改善策を模索することにも、十分意義があると思われる。
本書は、労働者の権利および利益の確保の観点から、ベトナムにおける労使関係ルールと労働組合の法的関係を分析して問題点を摘示し、関係法制のドイモイについてその展望と課題を明らかにしようとするものである。
本書の構成と方法
法制度の研究は、その歴史的、政治的および社会的なバックグラウンドを踏まえたものでなければ意味がない。本書のテーマとの関係では、少なくともドイモイ路線の経緯と内容、現在のベトナムにおける労働事情一般、そして労働組合組織に関する歴史と現状について確認したうえで論を進める必要がある。そこで、第2章においてこの作業を行う。まずドイモイ路線に関しては、すでにわが国研究者においても優れた研究がなされているところであるから、もっぱらそれら先行研究を参考にして基本的な経緯と内容を確認する。つぎに労働事情に関しては、労働人口や平均賃金などのほか、多発している山猫ストの概況についても説明する。資料としては、ベトナム国内の関係機関による統計資料や報告書、新聞記事、研究論文などを用いる。また、ベトナムにおける労働立法史の概略についても確認する。これは、拙稿「ベトナムの労働関係法制」の該当部分を手直ししたものである。さらに、ベトナムにおける労働組合組織の歴史、政治的ないし法的な基本的地位、および組織の現状について明らかにする。資料としては、歴史についてはわが国およびベトナムにおける先行研究、基本的地位については関係法規など、また組織についてはベトナム労働組合の内部規定や報告書などを用いる。
第3章および第4章では、ベトナムの労使関係ルールと労働組合の法的関係を分析する。ただし、ベトナムの労使関係ルールは先行研究の乏しい研究領域であるため、労働組合に直接関連を有する事項のみを取り上げたのでは問題状況の的確な理解を期待できない。そこで、労使関係ルール全般についてその個別的内容を逐一分析、検討し、労使関係ルールとその問題点の総合的把握を図りながら労働組合の役割と問題点を抽出する。第3章を労働条件決定システム、第4章を労働紛争解決システムの各内容にあてる。資料としては、関係諸法規およびベトナム労働組合の内部規定のほか、ベトナム国内の関係機関による統計資料や報告書、新聞記事、研究論文などを用いる。
以上の順序と方法により問題状況を正確に把握した上で、終章ではベトナムにおいて進められている関係法制のドイモイについて検討し、その展望と課題を明らかにする。ベトナム労働組合の唯一代表性および一般的代表性が中心的な論点となる。資料としては、関係法規やその各次草案、ベトナム国内の関係論文のほか、立法関係者に対するインタビュー結果などを用いる。