目次
まえがき
略語一覧
第1章 序
第1部 戦争と外部からもたらされる援助の影響
第2章 現代の戦争と正義の追求
第3章 紛争地域の諸特徴
第4章 援助物資が動く際の紛争への影響
第5章 援助に潜む倫理的なメッセージによる紛争への影響
第6章 紛争における援助の影響を分析するための枠組み
第2部 平和へと向かう現地の力
第7章 作業の見返りとしての食糧援助——タジキスタンにおける家屋再建
第8章 内戦下の子どもたち——レバノンにおける平和計画
第9章 人道的な振る舞いの規範を求めて——ブルンジにおける国際人道法の普及
第10章 民族融和プロジェクト——インドにおける貧困と平和構築
第11章 村落再生計画——ソマリアにおける地方再建支援
第3部 結論
第12章 援助の役割再考
訳者あとがき
原注
索引
前書きなど
訳者あとがき
本書は、米国マサチューセッツ州ケンブリッジに拠点を置くThe Collaborative for Development Action, Inc.(CDA)の代表取締役であるメアリー・B・アンダーソンによって執筆されたDo No Harm: How Aid Can Support Peaceーor Warの全訳である。より正確に言えば、CDAを中心として数多くの援助機関を巻き込む形で実施された「平和へと向かう現地の力プロジェクト(LCPP)」の研究成果をまとめたものであり、そこに含まれる事例研究の多くは、そのプロジェクトに関わった人たちの手によるものである。
まず初めに、CDAという会社について簡単に読者の方々に紹介をしておきたい。CDAは、経済学者であるメアリー・B・アンダーソンとキャサリン・A・オーバーホルトによって一九八五年に創設された開発コンサルタント会社であり、保健政策、初等中等教育政策、農村開発において活発に活動を行ってきた。本書のもととなったLCPPは一九九五年の一月に開始され、その成果は翌一九九六年の夏にブックレット化されて援助関係者に大きな衝撃を与えたと言われる。さらに、一九九六年の一〇月から一九九七年の七月にかけて、二三回にも及ぶフィードバックのためのワークショップが開催され、その成果が本書として刊行されるに至ったわけである。CDAは、紛争を予防するための取り組みについてさまざまなアプローチや分析枠組みを提供してきたが、二〇〇三年には、CDAの下部組織としてCollaborative Learning Projectsと称する非営利組織を立ち上げ、さまざまなNGOと連携して、よりよい援助を実施するための方法論の構築を目指している。
原著の刊行が一九九九年であることから、書かれた内容や事実が少し古いのではないかと読者諸氏は思われるかもしれないが、その内容は今も色褪(あ)せることなく、十分に示唆に富むものであると確信している。いくつかの事例や事実関係については、例えばアフガニスタンについてなど、原著が執筆されて以降、状況が一変した事例もある。しかしながら、これらの事例に関しても、「援助と紛争」の関係を問い直すにあたって、その歴史的な展開を知ることには十分な意義があろう。Do No HarmはプロジェクトとしてCDAの活動の柱となり、今日に至っている。一九九七年一二月から二〇〇〇年九月にかけて、本書で示された枠組みが現場で実際に効果を持ちうるのかが検証された。一二の現場でこの枠組みの検証が行われた結果、現場での意思決定において有効かつ実践的であることが証明されている。その成果は、Options for Aid in Conflict: Lessons from Field Experienceと題するブックレットとして、二〇〇〇年の一二月にCDAのウェブサイトで発表されている。
このように、本書で示された枠組みやアイデアの数々は、NGOによる実際の活動の現場で用いられているものである。ここで訳者がたまたま出会ったエピソードを紹介しておきたい。訳者は、二〇〇五年九月に紛争後復興状況の調査としてボスニア・ヘルツェゴヴィナ国に赴き、民族和解の状況についてインタビュー調査を行った。その際、いくつかの国際NGOの現地事務所を訪問したが、そのなかの一つのある大手国際NGOの現地監督者は、本書で示された平和へと向かう現地の力(LCPs)の実践として、子どもたちを中心に据えたPTA創設活動を紹介してくれた。現地監督者の口からは、子どもたちこそが「人々をつなぎとめるモノ」だとの説明があった。ボスニアにおいて、図らずも本書で述べられたアイデアを実践しているNGOに遭遇したのであった。
さて、次に、この本が執筆されるに至った背景について、援助の置かれた国際的な状況から説明を加えておこう。一九九〇年代に多発した国内紛争は、その解決方法を巡って国際社会に新たな難題を突きつけてきた。ルワンダ内戦における国際社会の政治的意志の欠如、それがもとでのジェノサイドという悲劇。ソマリア内戦での米国を中心とする多国籍軍の撤退と国連の失敗。旧ユーゴ紛争、特にボスニア・ヘルツェゴヴィナとコソボにおける「人道的介入」とその是非を巡る問題。今もなお続く世界各地での内戦に対処するにあたって、私たちは解決策を模索し続けている。そこで一九九〇年代半ば以降、国際援助機関の間で議論されてきたのが、「紛争と開発」の関係を巡っての議論である。開発援助を通じて紛争の再発を防止するために、開発援助機関はどのような方法を採ればよいのだろうか。著者は、「人々をつなぎとめるモノ」と「人々を分断するモノ」についての現地での判断が重要であると述べる。そのような判断をせずに援助を行えば、援助が紛争を助長する要因にならないとも限らない。まさに援助は“諸刃の剣”なのである。近年、紛争後復興に携わる日本人が増えてきたことからも、私たちは本書で示されたさまざまな教訓を胸に、絶えず注意しながら行動していかなければならない。また、日本国政府は、「平和構築」の大合唱のもと、紛争後復興地域に自衛隊を派遣するなど、オールジャパンとしての国際貢献を行い、人的貢献を国際社会にアピールするのに必死である。しかしながら、本書で示されたように、紛争地に軍隊や武器を持った者が入ることは、必ずしも援助従事者の身の安全を保障するものではないということを肝に銘じて置かねばならない。紛争後復興地域での活動には慎重な議論が必要である。
本書が、これから開発援助に携わる人たちに有意義な視点を提供してくれると信じている。多くの援助関係者や、これから開発援助・国際協力を学ぶ人たちにとって、本書が少しでも役に立つことができれば、それは訳者として望外の幸せであり、訳出時における苦しみも報われよう。
そもそも本書を世に出すことに決めたきっかけは、訳者の勤務校における「外国文献講読」という授業であり、授業時間内では到底訳しきれなかった原著を、「Do No Harm研究会」なるものを立ち上げ、正規の授業の枠外で有志の学生たちと議論を重ねながら訳出してきたのがベースになっている。その研究会に参加した糸賀香織、岩田幸、北原苑子、出崎香織、土居健市、永野麻衣子、長野悠人、原田美沙子、古谷奈保子の諸氏に、この場を借りて感謝申し上げる。彼らの熱意と学習意欲がなければ、本書の完成を見ることはなかったであろう。また、常日頃支えてくれているパートナーの福吉真知子には、本書のタイトルを決めるにあたってのアイデアをもらうとともに、訳出時にも適切なアドバイスをもらった。ここに感謝する次第である。
二〇〇六年一月
大平 剛