目次
はじめに(道幸哲也)
Part 1 総論
第1章 我々はどこにいるか(道幸哲也)
第2章 何のための労働契約法制か(國武英生)
第3章 誰に労働契約法制が適用されるのか(國武英生)
第4章 労働者を代表しうる主体とは?(斉藤善久)
Part 2 労働関係の成立
第5章 労働契約をどう成立させるとよいのか?(紺屋博昭)
Part 3 労働関係の展開
第6章 就業規則の法理(本久洋一)
第7章 労働条件変更の法理(本久洋一)
第8章 使用者は労働者にいかなる指示・命令を出しうるか(山田 哲)
第9章 なぜ使用者は労働者に制裁を科すことができるのか(山田 哲)
第10章 労働契約に「付随」する義務とは? (斉藤善久)
Part 4 労働関係の終了
序説(小宮文人)
第11章 現行の法律・判例法理の内容と問題点の検討(小宮文人)
第12章 報告書の評価と若干の提言(小宮文人)
Part 5 労働時間規制
第13章 ホワイトカラーエグゼンプションとは何なのか(大石 玄)
資料「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」報告書(ポイント)
判例索引
事項索引
前書きなど
はじめに
株価も上がり景気も回復の兆しがあるとはいえ、労働者の賃金は低下傾向にあり、雇用不安も蔓延している。リストラや失業は今や話題性がなくなりつつある。このような傾向を助長しているのは労働者派遣法や職安法の「改正」にみられる規制緩和の顕著な流れと勝ち組・負け組の格差拡大の風潮である。その結果、多様な労働問題・労働紛争が発生し労働局等に対する労働相談数も急増し、また労働裁判も増加している。2006年4月から施行される労働審判制はまさにこのような事態に対処するためといえる。
労働審判にせよ労働裁判にせよその基準となる規定は労基法と当事者の合意が中心となり、それらに関し膨大な裁判例が蓄積されている。これを普通の労働者が理解することはきわめて困難である。ロースクールで教えることさえ容易ではない。そこで、紛争解決基準の立法化が図られている。これが労働契約法制策定の動きであり、2005年9月15日に厚労省の「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」によりその具体化にむけた最終報告(その内容の要約は271頁以下参照)が発表された。今後立法化の動きが加速するものと思われる。
この報告書は正直超一流の労働法研究者が作成したものである。正確な判例理解に基づく多くの示唆的な提言を含んでいる。他方、現行の就業規則法理の立法的追認や就業規則の不利益変更法理につき「労使委員会」の利用、解雇の金銭解決制度等看過しえない構想をも含むものでもある。とりわけ、労使委員会構想は実質的に労組法システムに対して強い影響を与えるものと思われる。
ところで、北海道大学労働判例研究会は、土曜日午後2時からほぼ毎週、主に判例研究を行っている。その時々の判例研究は、法解釈能力の涵養だけではなく、研究者や院生にとって労働現場の息吹を感じる良い機会ともなっている。メンバーも研究者以外に弁護士、社労士、組合活動経験者等多彩な経歴の者を含み、研究者も労働関係の諸委員会のメンバーが少なくない。それだけ実務をふまえた議論が可能であり、地方の研究会のメリットといえる。また、個別事件に肉薄する判例研究は、職人的技の世界であるとともに、それを継続することによって職場や労使関係の全体の動きを把握することが可能となる、それだけ奥深い世界といえる。
労働契約法制研究会の中間報告発表後、北大の研究会のメンバーの多くは、それについて意見を述べ、論議する機会をもった。それらを通じて報告書内容の問題点も明らかになり、この問題を全体的かつ社会的に論じる必要性を感じるにいたった。特にその影響が多くの労働者に及ぶことから彼ら・彼女らが報告書を的確に理解しうる解説書が不可欠と考えた。そこで、研究会として、報告書をふまえて労働契約に関する現行判例法理の基本的特徴を明らかにし、その問題点を考察する本書の出版を企画した。
本書の基本的視点は、報告書をふまえた立法のあり方を考えるために、必要な予備知識や視点を提示するところにある。そのために現行判例法理の特徴と問題点を確認し、それをふまえて報告書の内容・問題点について検討した。また、読者対象は研究者ではなく、一応法学部の学生レベルを想定した。どのようなレベルと問われると答えに窮するが。同時に、職場生活に対する衝撃の大きさから普通のサラリーマンでも理解できるように心がけたつもりである。
本書の作成につき、執筆メンバーを中心に研究会において何回かの討議をした。しかし、必ずしも裁判例や報告書の評価について意思一致をみてはいない。というより、議論はしたが、そのような試みさえしていない。まとまりのなさ、よくいえば自由闊達な議論に基づく見解の多様性は、この研究会の生みの親である保原喜志夫先生(北海道大学名誉教授・天使大学教授)の基本的教えであり北大労働判例研究会の伝統といえる。とはいえ、同じ釜の飯を食った、もしくは同じ酒を酌み交わしたことから一定の傾向はみられるのでは、とも思う。
われらが敬愛する保原喜志夫先生は、2005年5月にめでたく古稀を迎えられた。本当にささやかな内容であるが、日頃先生のご指導を受けている執筆者一同により本書を捧げたい。これからもいっそうのご健勝を心から願っています。
最後に、北海道大学大学院の朝田とも子さん、安部薫道さん、川久保寛さん、佐久間ひろみさん、鈴村美和さん、所浩代さん、平賀律男さん、三浦保紀さん、湊栄市さんには校正等を手伝っていただいた。記して感謝の意を表したい。
執筆者を代表して
道幸哲也