目次
序 章
第1節 問題の所在
第2節 本研究の目的と方法
第3節 本研究の意義
第1章 ラオスにおける教育史と教育制度の現状
第1節 社会主義政権成立までの教育
第2節 社会主義政権成立後の教育
第3節 現在の教育行政と学校制度
第4節 一般教育とカリキュラム
第5節 教育に関する憲法と予算
第2章 ラオスにおける少数民族と民族間教育格差の現状
第1節 ラオスにおける少数民族
第2節 民族間に広がる教育格差
第3章 開発途上国およびラオスにおける少数民族の教育問題
第1節 開発途上国と少数民族の教育問題
第2節 ラオスにおける少数民族の教育格差をめぐる議論
第3節 本研究の視点
第4章 少数民族モンが抱える教育問題
第1節 モンの初等教育問題をめぐる定性調査
第2節 教育の需要者が抱える問題
第3節 教育の提供側の言い分──二分化された教育関係者の回答
第4節 実生活とカリキュラムのギャップ
第5章 教室で生み出される民族間の教育格差
第1節 学校における参与観察の意味
第2節 教室に見る教育格差の現実
第3節 質問紙調査に表れた教育格差の現状
第4節 ラオ生徒の誤解とエスノセントリズム
第5節 教師から見た民族の共生
第6節 プロセスの不平等がもたらす教育格差
第6章 教育格差をもたらす要因
第1節 整備された学校インフラストラクチャー
第2節 恵まれた予算配分
第3節 安定した家庭の経済状況
第4節 カリキュラム編成の重要性──教育格差をもたらす要因
結 章
第1節 教育のあり方と多様性の容認
第2節 ラオスにおける多文化教育の展開
第3節 民族の共生を可能にするものとは
第4節 結 語
《コラム》
僧侶と学校の関係 ラオスの教員 国立大学と私立大学
教科書の不足と学校の工夫 アメリカに渡ったモンの子どもたち
子どもたちと休み時間 年齢に関係のない学校
P小学校の学校環境
あとがき
謝 辞
参考文献
第2章 添付資料1 各言語系統グループ別民族集団名
添付資料2 各県別民族系統の比率
第4章 添付資料1 調査対象の属性
添付資料2 調査対象への質問
索 引
前書きなど
第1節 問題の所在 ラオス人民民主共和国(以下、ラオスと記す)は、東南アジアに位置し、周囲をタイ、カンボジア、ベトナム、 中国、ミャンマーに囲まれた内陸国である。面積は、日本の本州の大きさに相当する24万km2で、人口は537.7万人(2001年)である。1人当たりの国民総生産392USドル(2001年)は、世界でほぼ100位の数字であり、現在でも低開発国として位置づけられる開発途上国(以下、途上国と記す)である。 ラオスは20世紀に入ってもフランスの統治や内戦の影響を受けていたため、社会主義政権が成立する1975年まで教育改革や教育システムの整備が行われることはなかった。1975年にはじめて教育改革が行われた時、政府は改革の一環として、国語であるラオス語を全教育レベルにおける教授言語として定め、全国に散在する少数民族にもラオス語による学習および多数派民族と同じ学習カリキュラムを義務づける同化政策の方針をとった。これは開発途上にあるラオスが、「国を統一し、少数民族に対してもひとまとまりのラオス国民としての意識を高めさせるための国策」であった。 国家統一を少しでも早く成し遂げるためには、少数民族を同化せざるを得なかったのである(Vientiane International Consultants 1991, p.4)。 ラオスの教育セクターに転機が訪れたのは1980年代後半のことである。 1987年に「チンタナカーン・マイ(新思考)」政策を採用して本格的な市場経済化を進めてから、海外投資が急激に増加したことは、政治・経済分野のみならず、それまで整備されなかった教育分野を活性化する契機をもたらした。また市場経済に対応できる人材を育成することも急務となった。その後、政府予算に占める教育予算の割合は年々増加傾向にあり、政府は予算の増加に応じて教育改革を進めてきた。 新経済体制への移行に伴い、教育予算が拡大されたため、各種教育データの数値はいずれも改善に向かっている。例えば1975年から1995年にかけて、全教育レベルにおける就学者数は約7.5倍に増え、教員の数も実数で17,000人増加している。特に1990 年にタイで開かれた「万人のための教育会議」に参加し、初等教育の重要性を認識してからはその改善に努めたため、2000年までの10年の間に初等教育の純就学率は、63%から81%にまで上昇している。 しかしながら、ラオスの教育セクターの発展を検討するうえで考慮しなければならないことは、教育機会拡大の恩恵を受けたのが多数派民族の子どもたちに偏っていることである。例えば新経済体制への移行後も少数民族の子どもたちに対する教育予算配分や助成金は極めて少ないことが問題として挙げられる。アジア開発銀行(ADB)のデータが示すように、主に多数派民族が居住する都市部の生徒1人当たりの助成金の平均は男子3,348キープ(1USドル=約7,000キープ)、女子2,355キープであるのに対して、農村地帯の少数民族の生徒には男子2,602キープ、女子には1,205キープしか配当されていない(Asian Development Bank 1996,p.22)。このような事実は民族間にどのような教育格差をもたらしているだろうか。